なりましたけれども、新三郎は一向に帰ろうと云わないから。
志「大層に長座《ちょうざ》を致しました、さお暇《いとま》を致しましょう」
米「何ですねえ志丈さん、貴方《あなた》はお連様《つれさま》もありますからまア宜《よ》いじゃアありませんか、お泊りなさいな」
新「僕は宜《よろ》しゅうございます、泊って参っても宜しゅうございます」
志「それじゃア僕一人憎まれ者になるのだ、併《しか》し又|斯様《かよう》な時は憎まれるのが却《かえ》って親切になるかも知れない、今日はまず是迄《これまで》としておさらば/\」
新「鳥渡《ちょっと》便所を拝借致しとうございます」
米「さア此方《こちら》へ入《いら》っしゃいませ」
 と先に立って案内を致し、廊下伝いに参り
「此処《こゝ》が嬢様のお室《へや》でございますから、まアお這入り遊ばして一服召上って入っしゃいまし」
 新三郎は
「有難うございます」
 と云いながら用場《ようば》へ這入りました。
米「お嬢様え、彼《あ》のお方が、出て入《いら》っしゃったらばお水《ひや》を掛けてお上げ遊ばせ、お手拭《てぬぐい》は此処《こゝ》にございます」
 と新しい手拭を嬢様に渡し置き、お米は此方《こちら》へ帰りながら、お嬢様があゝいうお方に水を掛けて上げたならば嘸《さぞ》お嬉しかろう、彼《あ》のお方は余程《よっぽど》御意《ぎょい》に適《かな》った様子。と独言《ひとりごと》をいいながら元の座敷へ参りましたが、忠義も度を外《はず》すと却《かえ》って不忠に陥《お》ちて、お米は決して主人に猥《みだ》らな事をさせる積りではないが、何時《いつ》も嬢様は別にお楽《たのし》みもなく、鬱《ふさ》いでばかり入《いら》っしゃるから、斯《こ》ういう冗談でもしたら少しはお気晴《きばら》しになるだろうと思い、主人のためを思ってしたので。さて萩原は便所から出て参りますと、嬢様は恥かしいのが一杯で只|茫然《ぼんやり》としてお水《ひや》を掛けましょうとも何とも云わず、湯桶《ゆおけ》を両手に支えているを、新三郎は見て取り、
新「是は恐れ入ります、憚《はゞか》りさま」
 と両手を差伸《さしの》べれば、お嬢様は恥かしいのが一杯なれば、目も眩《くら》み、見当違いのところへ水を掛けておりますから、新三郎の手も彼方此方《あちらこちら》と追《おい》かけて漸《ようよ》う手を洗い、嬢様が手拭をと差出してもモジ/\し
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