酒《ざんしゅ》が此処《こゝ》にあるから一杯あがれよ…何《な》んですね、厭《いや》です…それでは独《ひと》りで頂戴いたします」
と瓢箪《ひょうたん》を取り出す所へお米|出《い》で来《きた》り、
米「どうも誠にしばらく」
志「今日は嬢様に拝顔《はいがん》を得たく参りました、此処《こゝ》に居《い》るは僕が極《ごく》の親友です、今日はお土産《みやげ》も何《なん》にも持参致しません、エヘヽ有難うございます、是は恐れ入ります、お菓子を、羊羹《ようかん》結構、萩原君召し上れよ」
とお米が茶へ湯をさしに行ったあとを見送り、
「こゝの家《うち》は女二人ぎりで、菓子などは方々から貰っても、喰い切れずに積上げて置くものだから、皆|黴《かび》を生《はや》かして捨てるくらいのものですから、喰ってやるのが却《かえ》って親切ですから召上れよ、実に此の家《うち》のお嬢様は天下に無い美人です、今に出て入《いら》っしゃるから御覧なさい」
とお喋《しゃべ》りをしている処《ところ》へ向うの四畳半の小座敷から、飯島のお嬢さまお露が人珍らしいから、障子の隙間《すきま》より此方《こちら》を覗《のぞ》いて見ると、志丈の傍《そば》に坐っているのは例の美男《びなん》萩原新三郎にて、男ぶりといい人品《ひとがら》といい、花の顔《かんばせ》月の眉、女子《おなご》にして見まほしき優男《やさおとこ》だから、ゾッと身に染《し》み何《ど》うした風の吹廻《ふきまわ》しであんな綺麗な殿御《とのご》が此処《こゝ》へ来たのかと思うと、カッと逆上《のぼ》せて耳朶《みゝたぼ》が火の如くカッと真紅《まっか》になり、何《なん》となく間が悪くなりましたから、はたと障子をしめきり、裡《うち》へ入ったが、障子の内では男の顔が見られないから、又そっと障子を明けて庭の梅の花を眺める態《ふり》をしながら、ちょい/\と萩原の顔を見て又恥かしくなり、障子の内へ這入《はい》るかと思えば又出て来る、出たり引込《ひっこ》んだり引込んだり出たり、もじ/\しているのを志丈は見つけ、
志「萩原君、君を嬢様が先刻《さっき》から熟々《しけ/″\》と見ておりますよ、梅の花を見る態《ふり》をしていても、眼の球《たま》は全《まる》で此方《こちら》を見ているよ、今日は頓《とん》と君に蹴られたね」
と言いながらお嬢様の方を見て
「アレ又|引込《ひっこ》んだ、アラ又出た、引込んだり
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