折から、相川より汝を養子にしたいとの所望《しょもう》に任せ、養子に遣《つか》わし、一人前の侍となして置いて仇《かたき》と名告り討たれんものと心組んだる其の処《ところ》へ、國と源次郎めが密通したを怒《いか》って、二人の命を絶たんとの汝の心底、最前庭にて錆槍を磨《と》ぎし時より暁《さと》りしゆえ、機を外《はず》さず討たれんものと、態《わざ》と源次郎の容《かたち》をして見違えさせ、槍で突かして孝心の無念をこゝに晴《はら》させんと、かくは計らいたる事なり、今汝が錆槍にて脾腹を突かれし苦痛より、先の日汝が手を合せ、親の敵の討てるよう剣術を教えてくだされと、頼まれた時のせつなさは百倍|増《まし》であったるぞ、定めて敵を討ちたいだろうが、我が首を切る時は忽《たちま》ち主殺しの罪に落ちん、されば我|髷《まげ》をば切取って、之《これ》にて胸をば晴し、其の方は一先《ひとまず》こゝを立退《たちの》いて、相川新五兵衞方へ行《ゆ》き密々《みつ/\》に万事相談致せ、此の刀は先《さき》つ頃藤村屋新兵衞方にて買わんと思い、見ているうちに喧嘩となり、汝の父を討ったる刀、中身は天正助定なれば、是を汝に形見として遣《つか》わすぞ、又此の包《つゝみ》の中《うち》には金子百両と悉《くわ》しく跡方《あとかた》の事の頼み状、これを披《ひら》いて読下《よみくだ》せば、我が屋敷の始末のあらましは分る筈、汝いつまでも名残《なごり》を惜しみて此所《こゝ》にいる時は、汝は主殺《しゅうころし》の罪に落るのみならず、飯島の家は改易となるは当然《あたりまえ》、此の道理を聞分けて疾《と》く参れ」
孝「殿様、どんな事がございましょうとも此の場は退《の》きません、仮令《たとえ》親父《おやじ》をお殺しなさりょうが、それは親父が悪いから、かくまで情《なさけ》ある御主人を見捨てゝ他《わき》へ立退《たちの》けましょうか、忠義の道を欠く時は矢張《やはり》孝行は立たない道理、一旦主人と頼みしお方を、粗相《そそう》とは云いながら槍先にかけたは私《わたくし》の過《あやま》り、お詫《わび》の為に此の場にて切腹いたして相果てます」
飯「馬鹿な事を申すな、手前に切腹させる位なら飯島はかくまで心痛はいたさぬわ、左様な事を申さず早く往《ゆ》け、もし此の事が人の耳に入《い》りなば飯島の家に係わる大事、悉《くわ》しい事は書置《かきおき》に有るから早く行《ゆ》かぬ
前へ 次へ
全154ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング