にいる。
飯「孝助こちらへ来い」
と気丈な殿様なれば袂《たもと》にて疵口《きずぐち》を確《しっ》かと押えてはいるものゝ、血《のり》は溢《あふ》れてぼたり/\と流れ出す。飯島は血に染《し》みたる槍を杖として、飛石伝《とびいしづた》いにヒョロ/\と建仁寺垣の外なる花壇の脇の所へ孝助を連れて来る。孝助は腰が抜けてしまって、歩けないで這って来た。
孝「へい/\間違《まちがい》でござります」
飯「孝助|己《おれ》の上締《うわじめ》を取って疵口を縛れ、早く縛れ」
と云われても、孝助は手がブル/\とふるえて思うまゝに締らないから、飯島自ら疵口をグッと堅く締め上げ、猶《なお》手をもって其の上を押え、根府川《ねぶかわ》の飛石の上へペタ/\と坐る。
孝「殿様、とんでもない事をいたしました」
とばかりに泣出《なきいだ》す。
飯「静かにしろ、他《ほか》へ洩れては宜《よろ》しくないぞ、宮野邊源次郎めを突こうとして、過《あや》まって平左衞門を突いたか」
孝「大変な事をいたしました、実は召仕《めしつかい》のお國と宮野邊の次男源次郎と疾《とく》より不義をしていて、先月《あとげつ》廿一日お泊番《とまりばん》の時、源次郎がお國の許《もと》へ忍び込み、お國と密々《ひそ/\》話して居る所へうっかり私《わたくし》がお庭へ出て参り、様子を聞くと、殿様がいらっしゃっては邪魔になるゆえ、来月の四日中川にて殿様を釣舟から突落《つきおと》して殺してしまい、体能《ていよ》くお頭《かしら》に届けをしてしまい、源次郎を養子に直し、お國と末長く楽しもうとの悪工《わるだく》み、聞くに堪え兼ね、怒りに任せ、思わず呻《うな》る声を聞きつけ、お國が出て参り、彼此《かれこれ》と言い合《あい》はしたものゝ、源次郎の方には殿様から釣道具の直しを頼みたいとの手紙を以《もっ》て証拠といたし、一|時《じ》は私《わたくし》云い籠められ、弓の折《おれ》にてしたゝか打たれ、いまだに残る額の疵《きず》、口惜《くやし》くてたまり兼ね、表向《おもてむき》にしようとは思ったなれど、此方《こちら》は証拠のない聞いた事、殊《こと》に向うは次男の勢い、無理でも圧《おさ》え付けられて私はお暇《いとま》になるに相違ないと思い諦め、彼《あ》の事は胸にたゝんでしまって置き、いよ/\明日《みょうにち》は釣にお出《いで》になるお約束日ゆえお止め申しましたが、お聞入れがな
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