りがた》う存《ぞん》じます、是《これ》は何《ど》うも大層《たいそう》奇麗《きれい》なお薬で。殿「ウム、早く云《い》へば水銀剤《みづかねざい》だな。登「へえー、之《これ》を飲《のみ》ましたら喉《のど》が潰《つぶ》れませう。殿「ナニ大丈夫《だいぢやうぶ》だ、決して左様《さやう》な心配はない良《よ》く喉《のど》が潰《つぶ》れても病気さへ癒《なほ》れば夫《それ》で宜《よ》からう。登「イエ喉《のど》が潰《つぶ》れては困ります。殿「ナニ心配する事はない、コレ井上《ゐのうへ》此所《これ》へ出《で》い、序《ついで》に其方《そのはう》も診《み》て遣《つか》はすから。井上「有難《ありがた》うは存《ぞん》じますが、何分《なにぶん》裸体《はだか》になりますのを些《ち》と憚《はゞか》ります儀《ぎ》で、生憎《あいにく》今日《けふ》は下帯《したおび》を締《し》めて参《まゐ》りませぬから。殿「イヤ許す、其様《そん》な事は毫《すこし》も構《かま》はぬ、トントン何《ど》うぢやナ。井上「ア、何《ど》うも痛《いた》うござります、さう無闇《むやみ》にお叩《たき》きなすつちやア堪《たま》りませぬ。殿「まア黙《だま》つて居《を》れ、アヽ是《これ》は余程《よほど》熱《ねつ》がある。井上「へえー熱《ねつ》がござりますか。殿「ウム、四十九|度《ど》許《ばかり》ある。井上「其様《そんな》にある訳《わけ》はござりませぬ、夫《それ》ぢやア死んで了《しま》ひますから。殿「アヽ成程《なるほど》、三十七|度《ど》一|分《ぶ》あるの、時々《とき/″\》悪寒《をかん》する事があるだらう。井上「左様《さやう》でござります。殿「ハー是《これ》は瘧《ぎやく》だナ。井上「いゝえ瘧《ぎやく》とは心得《こゝろえ》ませぬ。殿「これ/\何《なん》でも医者《いしや》の云《い》ふ通《とほり》になれ、素人《しろうと》の癖《くせ》に何《なに》が解《わか》るものか、是《これ》は舎利塩《しやりえん》を四匁《しもんめ》粉薬《こぐすり》にして遣《つか》はすから、硝盃《コツプ》に水を注《つ》ぎ能《よ》く溶《と》いて然《さ》うして飲《の》め、夫《それ》から規那塩《きなえん》を一|分《ぶん》入《い》れる処《ところ》ぢやが、三|分《ぶ》も加《くは》へよう。井上「其様《そんな》に貴方《あなた》劇剤《げきざい》を分度外《ぶんどぐわい》にお入《いれ》になりましては豪《えら》い事《こと》になりませう。殿「ナニ宜《よろ》しい、心配《しんぱい》をするな、安心して直《すぐ》に此場《このば》で飲《の》め、さア/\今度《こんど》は其方《そのはう》も診《み》てやらう、何歳《なんさい》ぢや。○「エヽ三十七|歳《さい》で。殿「何処《どこ》か悪い処《ところ》でもあるか。○「へい少々《せう/\》下腹《したはら》が痛いやうで。殿「夫《それ》は何《ど》うも往《い》かぬな、併《しか》しさういふのには魔睡剤《ますゐざい》を用《もち》ゆると直《すぐ》に癒《なほ》るて、モルヒネをな、エート一ゲレンは一|厘《りん》六|毛《もう》、一グラムとは一|匁《もんめ》と申《まう》して三|分《ぶ》ゲレンとは三|割《わり》にして硝盃《コツプ》に三十|滴《てき》が半《はん》ゲレンぢやが、見て居《を》れ斯《か》ういふ工合《ぐあい》にするのだ。と硝盃《コツプ》へ先《さき》に水を入《い》れて、ポタリ/\と壜《びん》の口を開《あ》けながら滴《たら》すのだが、中々《なか/\》素人《しろうと》にはさう旨《うま》く出来《でき》ない、二十|滴《てき》と思つた奴《やつ》が六十|滴《てき》許《ばかり》出た。殿「まア宜《よろ》しい、是《これ》で負《まけ》て置《お》かう。此様《こん》なものを負《まけ》られた者《もの》こそ因果《いんぐわ》で、之《これ》を服《のみ》まして御前《ごぜん》を下《さが》ると、サア何《ど》うも大変《たいへん》、当人《たうにん》は酷《ひど》い苦しみやう、其翌日《そのよくじつ》ヘロ/\になつて出て来《き》ました。登「何《ど》うだ、少しは宜《よろ》しいか、木内君《きのうちくん》。木内「イヤ何《ど》うにも斯《か》うにも実《じつ》に華族《くわぞく》のお医者《いしや》抔《など》に係《かゝ》るべきものではない、無闇《むやみ》にアノ小さな柊揆《さいづち》でコツコツ胸を叩《たゝ》いたり何《なん》かして加之《おまけ》に劇《ひど》い薬を飲《の》ましたもんだから、昨夜《ゆうべ》は何《ど》うも七十六|度《たび》厠《かはや》へ通《かよ》つたよ。登「夫《それ》は大変《たいへん》だ、併《しか》し君《きみ》はまだ一|命《めい》があるのが幸福《しあはせ》だ、大原伊丹君抔《おほはらいたみくんなど》は可愛想《かあいそう》にモルヒネを沢山《たくさん》飲《の》ませられたもんぢやから、到頭《たうとう》死んで了《しま》つた。と話をして居《
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