黄金餅
三遊亭円朝

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)昔時《むかし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|服《ぷく》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ポロ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 ずツと昔時《むかし》芝《しば》の金杉橋《かなすぎばし》の際《きは》へ黄金餅《こがねもち》と云《い》ふ餅屋《もちや》が出来《でき》まして、一時《ひとしきり》大層《たいそう》流行《はやつ》たものださうでござります。何《ど》ういふ訳《わけ》で黄金餅《こがねもち》と名《なづ》けたかと申《まう》すに、芝《しば》将監殿橋《しやうげんどのばし》の際《きは》に極貧《ごくひん》の者ばかりが住《すん》で居《ゐ》る裏家《うらや》がござりまして金山寺屋《きんざんじや》の金兵衛《きんべゑ》と申《まう》す者の隣家《となり》に居《ゐ》るのが托鉢《たくはつ》に出《で》る坊《ばう》さんで源八《げんぱち》と申《まう》す者、近頃《ちかごろ》何《ど》う致《いた》したのか煩《わづら》つて寝て居《ゐ》るから見舞《みまつ》てやらうと金兵衛《きんべゑ》が出《で》て参《まゐ》り、金「御免《ごめん》なさいよ。源「アヽ御入来《おいで》なさい。見《み》ると煎餅《せんべい》のやうな薄《うす》つぺらの蒲団《ふとん》で爪《つめ》で引掻《ひつか》くとポロ/\垢《あか》が落《おち》る冷たさうな蒲団《ふとん》の上《うへ》に転《ころ》がつて居《ゐ》るが、独身者《ひとりもの》だから薬《くすり》一|服《ぷく》煎《せん》じて飲《の》む事も出来《でき》ない始末《しまつ》、金「私《わつし》はね今日《けふ》はアノ通《とほ》り朝から降《ふ》りましたので一|日《にち》楽《らく》を仕《し》ようと思つて休んだが、何《ど》うも困つたもんですね、何《なん》ですい病気は。源「ハツ/\いえもう貴方《あなた》、年が年ですから死病《しびやう》なんでせう。金「お前《まへ》さん其様《そん》な気の弱い事を云《い》つちやアいけませぬ、石《いし》へ獅噛附《しがみつい》ても癒《なほ》らうと云《い》ふ了簡《れうけん》で居《ゐ》なくツちやアいけませぬよ。源「いえ私《わつし》はそら六十四ですもの。金「ナニ八十になつても九十になつても生きてる人は生きて居《ゐ》ます、死にたいからつて死なれるものぢやないから確《しつ》かりして居《ゐ》なくツちやア。源「有難《ありがた》う存《ぞん》じます、毎度《まいど》御親切《ごしんせつ》にお見舞《みまひ》下《くだ》すつて。金「お前《まへ》さん医者《いしや》に掛《かゝ》つたら何《ど》うです。源「いえ掛《かゝ》りませぬ。金「其様《そん》な事《こと》を云《い》はないでさ、此奥《このおく》の幸斎先生《かうさいせんせい》は大層《たいそう》上手《じやうず》だてえから呼んで来《き》て上《あ》げませうか。源「いえいけませぬ、いけませぬ、ハツ/\医者《いしや》に掛《かゝ》るのも宜《よ》うがすが、直《すぐ》と薬礼《やくれい》を取られるのが残念ですから。金「医者《いしや》に掛《かゝ》れば是非《ぜひ》薬礼《やくれい》を取られますよ併《しか》し夫《それ》が厭《いや》なら買薬《かひぐすり》でもしなすつたら。源「買薬《かひぐすり》だツて薬違《くすりちがひ》でもすると大事《おほごと》になりますからまア止《よ》しませう、夫《それ》より私《わつし》は喫《た》べて見たいと思ふ物がありますがね。金「何《なん》です、遠慮《ゑんりよ》なく然《さ》うお云《い》ひなさい、私《わつし》が買つて来《き》て上《あ》げませう、何様《どん》な物が喫《た》べたいんです、何《ど》うも何《なん》だツて沢山《たんと》は喫《た》べられやしますまい。源「アノ私《わつし》は大福餅《だいふくもち》か今坂《いまさか》のやうなものを喫《た》べて見たいのです。金「餅気《もちツけ》のものを沢山《たんと》喰《くつ》ちやア悪くはありませぬか。源「いえ悪くつても構《かま》ひませぬ。金「ぢやア買つて来《き》ませう、二《ふた》つか三《みつ》つあれば宜《い》いんでせう。源「いえ、何卒《どうぞ》三十ばかり。金「其様《そん》なに喰《く》へやアしませぬよ。源「ナニ喰《く》へますから、願ひたいもので。金「ぢやア買つて来《き》ませう。直《すぐ》に出《で》かけたが間《ま》もなく竹の皮包《かはづゝみ》を二包《ふたづゝみ》持《もつ》て帰《かへ》つて参《まゐ》り、金「サ買つて来《き》たよ。源「アヽ、有難《ありがた》う。金「サ、お湯《ゆ》を汲《く》んで上《あ》げるからお喫《た》べ、夫《それ》だけはお見舞《みまひ》かた/″\私《わつし》が御馳走《ごちそう》して上《あ》げるから。源「ハツ/\何《ど》うも御親切《ごしんせつ》に有難《ありがた》う存《ぞん》じます、何卒《どうか》貴方《あなた》お宅《たく》へ帰《かへ》つて下《くだ》さいまし。金「帰《かへ》らんでも宜《い》いからお喫《あが》りな、私《わつし》の見て居《ゐ》る前《めえ》で。源「夫《それ》がいけないので、私《わつし》は子供《こども》の時分《じぶん》から、人の見て居《ゐ》る前《まい》では物は喰《く》はれない性分《しやうぶん》ですから、何卒《どうぞ》帰《かへ》つて下さい、お願ひでございますから。金「あい、ぢやア帰《かへ》るよ、用があつたらお呼びよ、直《すぐ》に来《く》るから。と金兵衛《きんべゑ》は宅《たく》へ帰《かへ》つたが考へた。金「はてな、彼《あ》の坊主《ばうず》は妙《めう》な事を云《い》ふて、人の見て居《ゐ》る前《まい》では物が喰《く》はれないなんて、全体《ぜんたい》アノ坊主《ばうず》は大変《たいへん》に吝《けち》で金《かね》を溜《ため》る奴《やつ》だと云《い》ふ事を聞いて居《ゐ》るが、アヽ云《い》ふ奴《やつ》は屹度《きつと》物《もの》を喰《く》はうとするとボーと火か何《なに》か燃上《もえあが》るに違《ちげ》えねえ、一|番《ばん》見たいもんだな、食物《くひもの》から火《ひ》の燃《もえ》る処《ところ》を、ウム、幸《さいは》ひ壁《かべ》が少し破れてる、斯《か》うやつて火箸《ひばし》で突《つ》ツついて、ブツ、ヤー這出《はひだ》して竹の皮を広《ひろ》げやアがつた、アレ丈《だけ》悉皆《みんな》喰《く》つちまうのか知ら。見て居《ゐ》るとも知らず源八《げんぱち》は餅《もち》を取上《とりあ》げ二ツに割《わつ》て中《なか》の餡《あん》を繰出《くりだ》し、餡《あん》は餡《あん》餅《もち》は餅《もち》と両方《りやうはう》へ積上《つみあ》げまして、突然《とつぜん》懐中《ふところ》へ手《て》を突込《つツこ》み暫《しばら》くムグ/\やつて居《ゐ》たが、ズル/\ツと扱出《こきだ》したは御納戸《おなんど》だか紫《むらさき》だか色気《いろけ》も分《わか》らぬ様《やう》になつた古《ふる》い胴巻《どうまき》やうな物《もの》を取出《とりだ》しクツ/\と扱《こ》くと中《なか》から反古紙《ほごがみ》に包《つつ》んだ塊《かたまり》が出《で》ました。之《これ》を執《とつ》てウームと力任《ちからまか》せに破《やぶ》るとザラ/\/\と出《で》たのが古金《こきん》で彼此《かれこれ》五六十|両《りやう》もあらうかと思《おも》はれる程《ほど》、金「おゝ金子《かね》だ、大層《たいそう》持《も》つて居《ゐ》やアがるナ、もう死ぬと云《い》ふので己《おれ》が見舞《みめえ》に行《い》つてやつたから、金兵衛《きんべゑ》さんに是《これ》だけ残余《あと》はお長家《ながや》の衆《しゆう》へツて、施与《ほどこし》でもするのか知《し》ら、今《いま》茲《こゝ》で己《おれ》が行《い》くと尚《なほ》沢山《たんと》貰《もら》へる訳《わけ》だが。と見て居《ゐ》ると金《かね》を七八《なゝやツつ》づゝ大福餅《だいふくもち》の中《なか》へ入《い》れ上《うへ》から餡《あん》を詰《つ》め餅《もち》で蓋《ふた》をいたしてギユツと握固《にぎりかた》めては口へ頬張《ほゝば》り目《め》を白《しろ》ツ黒《くろ》にして呑込《のみこ》んで居《ゐ》る。金「ア、彼《あれ》を喰《くひ》やアがる、何《ど》うも酷《ひど》い奴《やつ》だナあれ/\。と見て居《ゐ》る中《うち》に忽《たちま》ち五六十|両《りやう》の金子《かね》を鵜呑《うのみ》にしたから堪《たま》らない、悶掻《もがき》※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まは》つて苦しみ出し。源「ウーンウーン金兵衛《きんべゑ》さん、金兵衛《きんべゑ》さん。金「あい/\今《いま》行《い》くよ、今《いま》行《い》くよ。源「ウーン/\。金「何《ど》うしたい。源「ハツ/\。金「おゝ/\お湯も何《なに》も飜《こぼ》れて大変《たいへん》だ。源「ド何卒《どうぞ》お湯をもう一杯下さい。金「サお喫《あが》り。源「へい有難《ありがた》う。微温湯《ぬるまゆ》だから其儘《そのまゝ》ゴツクリ飲《の》むと、空《から》ツ腹《ぱら》へ五六十|両《りやう》の金子《かね》と餅《もち》が這入《はいつ》たのでげすからゴロ/\/\と込上《こみあ》げて来《き》た。源「ムツ、ムツ。金「オヽ吐《は》くのか吐《は》くなら少しお待ち、サ此飯櫃《このおはち》の蓋《ふた》ン中《なか》へ悉皆《すつかり》吐《は》いてお了《しま》ひ。源「ハツ/\ド何《ど》うぞモウ一杯お湯を…。金「サお上《あが》り。源「へい有難《ありがた》う。グート息《いき》をも継《つ》かずに飲《の》むと、ゴロ/\/\と喉《のど》へ詰《つ》まつたからウーム、バターリと仰向《あふむけ》さまに顛倒《ひつくりかへ》つて了《しま》ふ。金「アヽおい源八《げんぱち》さん、源八《げんぱち》さん、アヽ死んだ、何《ど》うも此金《このかね》があるんで今迄《いままで》死切《しにき》れずに居《ゐ》たんだナ、金《かね》を腹《はら》ん中《なか》い入《い》れちまつてモウ誰《たれ》にも取られる気遣《きづかひ》がないから安心して死んだのだが何《ど》うも強慾《がうよく》な奴《やつ》もあつたもんだな、是《これ》が所謂《いはゆる》有財餓鬼《うざいがき》てえんだらう、何《なに》しろ此儘《このまゝ》葬《はう》むつて了《しま》ふのは惜《をし》いや、腹《はら》ン中《なか》に五六十|両《りやう》の金子《かね》が這入《はいつ》てる、加之《おまけ》に古金《こきん》だ、何《ど》うして呉《くれ》よう、知つてるのは己《おれ》ばかりだが、ウム、宜《い》い事がある。直《すぐ》に宅《たく》へ帰《かへ》つて羽織《はおり》を引《ひき》かけ差配人《さはいにん》の宅《たく》へやつて来《き》ました。金「エヽ今日《こんち》は。「おや是《これ》は能《よ》うお出《いで》なすつた、金兵衛《きんべゑ》さん今日《けふ》はお休みかい。金「へい、今日《けふ》は休みましてござります、就《つ》きまして差配《さはい》さん少々《せう/\》お願《ねがひ》があつて出ました。「アヽ何《なん》だイ。金「私共《わたしども》の隣家《となり》の源八《げんぱち》と云《い》ふ修業《しゆげふ》に出ます坊《ばう》さんナ。「イヤあの坊《ばう》さんに困つて居《ゐ》るのだよ、店請《たなうけ》があつたんだけれど其店請《そのたなうけ》が何所《どつか》へ逃亡《かけおち》をして了《しま》つたので、今にもアノ坊《ばう》さんに目《め》を瞑《ねむ》られると係合《かゝりあひ》だと思つて誠に案《あん》じて居《ゐ》るのサ。金「夫《それ》が貴方《あなた》、段々《だん/″\》詮索《あら》つて見ますると私《わたし》と少し内縁《ひつかゝり》の様《やう》に思はれます、仮令《たとへ》身寄《みより》でないにもせよ功徳《くどく》の為《ため》に葬式《とむらひ》だけは私《わたし》が引受《ひきう》けて出してやりたいと存《ぞん》じますが、夫《それ》に当人《たうにん》の遺言《ゆゐごん》で是非《ぜひ》火葬《くわさう》にして呉
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