そりやアいけない、他人《ひと》に資本《もとで》を借《か》りてやるやうな事では仕方《しかた》がない、何《なん》でも自分で苦しんで蟻《あり》が塔《たふ》を積《つ》むやうにボツ/\身代《しんだい》をこしらへたのでなくては、大きな身代《しんだい》になれるものではないから、兎《と》も角《かく》も細《こま》かい商《あきな》ひをして二|朱《しゆ》か三|朱《しゆ》の裏店《うらだな》へ住《すま》つて、一|生懸命《しやうけんめい》に稼《かせ》ぎ、朝は暗い中《うち》から商《あきな》ひに出《で》、日《ひ》が暮《くれ》てから帰《かへ》つて来《く》るやうにし、夜《よる》は翌日《あした》の買出《かひだ》しに出る支度《したく》をし、一|時《とき》か一|時半《ときはん》ほか寝《ね》ないで稼《かせ》いで、金《かね》を貯《た》めなければ、本当《ほんたう》に金《かね》は貯《たま》らない。私《わし》なども其位《そのくらゐ》な苦しみをして漸《やうや》く斯《か》ういふ身《み》の上《うへ》になつたのだ。と云《い》はれて此人《このひと》も多助《たすけ》のいふことを成程《なるほど》と感心《かんしん》したから、自分も何《なん》ぞ商《あきな》ひをしようといふので、是《これ》から漬物屋《つけものや》を初めた。すると相応《さうおう》に商《あきな》ひもあるから、商《あきな》ひ高《だか》の内《うち》より貯《た》めて置いて、これを多助《なすけ》に預《あづ》けたのが段々《だん/\》積《つも》つて、二百|両《りやう》ばかりになつた。其頃《そのころ》の百|両《りやう》二百|両《りやう》と云《い》ふのは大《たい》したものだから、もう是《これ》で国《くに》へ帰《かへ》つて田地《でんぢ》も買《か》へるし、家《いへ》も建《た》てられるといふので、大《おほ》いに悦《よろこ》んで多助《たすけ》に相談の上《うへ》、国《くに》へ帰《かへ》つた。国《くに》へ帰《かへ》つて田地《でんち》を買ふ約束をしたり、家《いへ》を建《たて》る木材《きざい》を山から伐《き》り出《だ》すやうにしたり、ちやんと手筈《てはず》を付《つ》けて江戸《えど》へ帰《かへ》つて来《く》ると、塩原多助《しほばらたすけ》が死《し》んでゐた。さア大《おほ》いに驚《おどろ》いて、早速《さつそく》多助《たすけ》の家《うち》へ行《い》つて、番頭《ばんとう》に掛合《かけあ》ふと、番頭《ばんとう》は狡《ずる》い奴《やつ》だから、そんなものはお預《あづか》り申《まう》した覚《おぼ》えはござりませぬ、大旦那様《おほだんなさま》お亡《かく》れの時お遺言《ゆゐごん》もございませぬから上《あげ》る事は出来《でき》ない、一|体《たい》お前《まへ》さんは何《なに》を証拠《しようこ》に預《あづ》けたと云《い》ひなさるか、預《あづ》けたものなら証拠《しようこ》が無《な》ければならない。といふ取《と》つても付《つ》けない挨拶《あいさつ》。其時分《そのじぶん》は人間が大様《おほやう》だから、金《かね》を預《あづ》ける通帳《かよひちやう》をこしらへて、一々《いち/\》附《つ》けては置いたが、その帳面《ちやうめん》は多助《たすけ》の方《はう》へ預《あづ》けた儘《まゝ》国《くに》へ帰《かへ》つたのを、番頭《ばんとう》がちよろまかしてしまつたから、何《なに》も証拠《しようこ》はない。さア其人《そのひと》は口惜《くや》しくつて耐《たま》らないから、預《あづ》けたに違《ちが》ひない、多助《たすけ》さんさへゐれば其様《そのやう》なことを云《い》ふ筈《はず》はないのだから、返《かへ》してくれ。と云《い》つても肯《き》かない。決して預《あづ》かつた覚《おぼ》えはない、と云《い》ひ張《は》る。預《あづ》けた預《あづ》からないの争《あらそ》ひになつた処《ところ》が、出入《でい》りの車力《しやりき》や仕事師《しごとし》が多勢《おほぜい》集《あつま》つて来《き》て、此奴《こいつ》は騙取《かたり》に違《ちが》ひないと云《い》ふので、ポカ/\殴《なぐ》つて表《おもて》へ突出《つきだ》したが、証拠《しようこ》がないから表向訴《おもてむきうつた》へることが出来《でき》ない。頭《あたま》へ疵《きず》を付《つ》けられて泣く/\帰《かへ》つたが、国《くに》では田地《でぢ》を買ひ、木材《きざい》を伐《き》り出す約束をして、手金《てきん》まで打つてあるから、今更《いまさら》金《かね》が出来《でき》ないと云《い》つて帰《かへ》ることは出来《でき》ない。昔の人で了簡《れうけん》が狭《せま》いから、途方《とはう》に暮《く》れてすご/\と宅《うち》へ帰《かへ》り、女房《にようばう》に一伍一什《いちぶしじう》を話し、此上《このうへ》は夫婦別《ふうふわか》れをして、七歳《なゝつ》ばかりになる女の子を女房《にようばう》に預《あづ》けて、国《
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