ならぬと思ったものか、久松も続いて飛込むと、游泳《およぎ》を知らなかったからついそれ切りとなった。これを種にしてお染久松という質店《しちみせ》の浄瑠璃が出来ましたものでござります。又大阪の今宮という処に心中があった時に、或《ある》狂言作者が巧《たくみ》にこれを綴《つゞ》り、標題を何《なん》としたら宜《よ》かろうかと色々に考えたが、何うしても工夫が附きませぬ、そこで三好松洛《みよししょうらく》の許《もと》へ行って、
「なんとこれ迄に拵《こしら》えたが、外題《げだい》を何とつけたらよかろう」
「いやお前のように、そんなに凝《こ》っちゃアいけませぬ、寧《いっ》そ手軽く『心中話たった今宮』と仕たらようござりましょう」
「成程」
と直《すぐ》に右の通《とおり》の外題にして演《や》ると大層に当ったという話がある。その真似をして林家正藏《はやしやしょうぞう》という怪談師が、今戸《いまど》に心中のあった時に『たった今戸心中噺』と標題を置き拵えた怪談《はなし》が大《たい》して評が好《よ》かったという事でござります。この闇夜の梅と題するお話は、戯作物などとは事違い、全く私《わたくし》が聞きました事
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