能《よ》くお前の胸に落ち入ったかい、何も是《こ》れという越度《おちど》の無いお前に暇を出すといったら、如何《いか》にも酷《ひど》い主人のようにお思いかも知らないが、これはお前の為だよ、お前も小さい時分にいたから、何だか私も子のような心持がして誠に可愛《かわゆ》く思うが、何分世間の口が面倒だから暇を出すのだけれども、又縁があれば一旦|主従《しゅうじゅう》となったのだもの、出入の出来ないことは無いから、まあ/\気を長く、兄《あに》さんの処におとなしくしているが好い、軽はずみな心を出して、こんな淋しいお寺なんぞにいられるものかって、ふいと何処《どこ》かへ姿を隠すような事でもあられると、どんなに案じられるか知れないから、ようく心を落着けて時節を待ってゝ呉れなくちゃア私が困るよ」
 粂「ヘエ、有難うございます、誠に何うも面目次第もございませぬ」
 内儀「さ、早く行くが好い、何時までも此処《こゝ》にいると面倒だから、谷中のお寺へ行ったら能く兄さんのいう事を聴いて、身体を大事にして時節の来るのを待っていなよ」
 粂「ヘエ有難う存じます」
 と袂《たもと》から手拭《てぬぐい》を取出し、涙を拭いながら店へ出て来ると、番頭は粂之助が暇《いとま》になって好い気味だと喜んで居る。
 粂「えゝ、番頭さん、私は唯今お暇《いとま》になりまして谷中の兄の方へ参りますから、何分お店の事をよろしく願います」
 番頭「左様じゃげな、根《ねっ》から些《ちっ》とも知らんかったが、何う云う理由《わけ》で粂之助がお暇になりますかと云うて、私《わし》も色々言葉を尽してお詫をしたが、なか/\お聴き容《い》れがない、お前方が知った事《こっ》ちゃない、此様《こない》に云われるで何うにも仕ようがないじゃて、併《しか》し何うも気の毒な事《こっ》ちゃな、根《ねっ》から、全体|商人《あきんど》はお前の性分に合わぬのじゃから、却《かえっ》て谷中のお寺へ行《ゆ》きなはった方が心が沈着《おちつ》いて宜《い》いやろう」
 粂「ヘエ有難う、何うも長々お世話さまでございました、お店の方も段々忙しくなりますから、人が殖《ふ》えなければならぬ処を少なくなるんですから、何分|宜《よろ》しくお頼み申します、あの定吉《さだきち》どんは何処《どっ》かへ行《ゆ》きましたか」
 番頭「いや今|其処《そこ》に居ったッけ、定吉イ定吉」
 定「おや粂どん、今お
前へ 次へ
全28ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング