どうせ金が足りなければ僕の小さな本の版権でも売つて払ひをするから。何しろこの原稿では実に厭になつてるんで、金の問題でなくどうしても今度は片附けて帰りたいと思つてるんだから……」
「いや実は今帳場へも寄つて来たんだがね、何しろ七十円からになつてるさうだからね、それに君は遅くまで酒を飲んでは芸者々々なんて云ふてんで、ひどく厭がつてるやうだから、兎に角ひと勘定して貰ひたいと云ふんだがね……」
「そいつは困つたね。兎に角君からもう一度話して呉れよ。何だつたら明日東京の本屋へ手紙を出して交渉してもいゝから」
二人で帳場へ行つて話をすることにしたが、何しろ私はひどく酔つてゐたので、却つてまずい印象を与へることになつたらしい。がその晩の事は私にはよく分らなかつた。それで其翌朝はいつになく早起きして、机に向ふ気になつた。
「ゆうべはすつかり酔払つて了つてよく分らなかつたが、内田君何とか云つてゐましたか?」と、私はお膳を持つて来たお内儀に訊いた。
「え、今日お見えになる筈です。今に見えませう」と、お内儀も何気ない顔して云つた。
晴れたいゝ天気であつた。海が青く輝いてゐた。床の間の大花瓶の梅が二三輪綻
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