も、二十枚でも三十枚でも書いて帰らねばならないと思つた。その原稿が書けない為めに、此頃の私の気持がかなり不自由なものにされてゐた。その原稿では多く知人の悪口めいたことばかし書き立てたので、そんなことが祟つて、それで斯う書けないのではないか知らと、私は呪はれてゐるやうな気さへしたのだ。
 三日目の晩私はいよ/\思ひ切つて晩酌をやめて、二時過ぎまで机に向つて六七枚書いた。その朝、朝昼兼帯のお膳を持つて来たお内儀が、私が箸を置くのを待つて、
「今日は旧の大晦日だもんですから、払ひの都合もあるもんですから、ご勘定を頂きたいと申して居るんですが……」と云ひ出した。
「さうですか。それは困りましたね。実は私は金は持つてないんですがね、それで内田君に頼んでつれて来て貰つたやうな訳なんですが……」
「いや、それはね、内田さんがつれて来て下すつたお客さんのことですから、内田さんから頂戴すれば手前の方では差支えない訳なんですけどね、ご都合でどうかと思ひましたものですからね、それに内田さんとは顔は知つてると云ふだけで大して懇意と云ふ訳でもありませんし、あの人の停車場前の兄さんの店からは近いのでちよい/\した
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