憫にもなり、またこの娘一人を頼りにしてゐるFが娘の帰りを待つてるだらうと思ふと、Fが可哀相にもなつた。「ほんとに大船で下りないやうだつたら俺も帰らうか知ら。浮浪ももう沢山ぢやないか」と云ふ気もされたが、しかし構やしないと云ふ気にもなつた。自然に揺れ止むまで揺られてゐるか――と、自分と糞度胸を煽る気にもなつた。
「大船で乗替へて向うへ着くと十二時一寸過ぎになるんだが、宿屋で起きるか知ら?……」と私は話しかけたが、
「さうですかねえ」と、襟に頤を埋めて、黙りこくつた表情を動かさなかつた。
 やはり十四五年前富士登山の時、山を下りて腹を痛めて一週間ばかし滞在してゐたずつと町の奥の、古風なF屋と云ふ宿屋の落付いた室が思ひ出されたりした。



底本:「ふるさと文学館 第九巻【茨城】」ぎょうせい
   1995(平成7年)年3月15日初版発行
底本の親本:「葛西善蔵全集 2」津軽書房
   1975(昭和50)年発行
初出:「国本」
   1921(大正10)年5月号
※「由井ケ浜」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
入力:林 幸雄
校正:小林繁雄
2002年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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