ふぜい》の懐《なつか》しさに、酒を飲まなくつたつて酔つたやうな気分にならずにゐられなかつた。何ともしやうがないことぢやないか。僕は喧嘩《けんくわ》するつもりはないんだし、また喧嘩を吹かけられる程の弱味のない人間なんだから喧嘩がはじまる訳はないんだ。ところでね、やはりそのおせいのお袋さんや姉さんのおとめさんのやつてるバラック飲食店へ寄ることになつたんだ。仲々よく出来てるバラックだ。僕の思つてゐたより立派なバラック飲食店で、硝子《ガラス》の戸を開けてはひると、カフェーらしく椅子《いす》、テーブルの土間もあり、座敷には茶湯台《ちやぶだい》も備はつてをり、居間といふか茶の間といふか、そちらには長火鉢《ながひばち》も置いてあり、浅見と朱で書いた葛籠《つゞら》も備はつてゐるやうな訳で、いろ/\よく出来てゐると思つて感心したくらゐなんだから、乱暴なぞ働かうなんかの心持ちはないんだ。お袋さんと話してをるうちに、おせいの家の本家の若旦那《わかだんな》の喜平さんが見え、さうしてゐるうちに、向うを代表して中へ這入つてくれてゐる小池さん――「蠢《うごめ》くもの」――の中に出て来てゐる人事相談のお方なんだ。僕に
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