れやこれやと考へて、思ひのふさぐ時、自分を慰めてくれ、思ひを引立ててくれるものは、ザラな顔見知合ひの人間よりか、窓の外の樹木――殊にこのごろの椎の木の日を浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉ほど、自分の胸に安らかさと力を与へてくれるものはない。鎌倉行き、売る、売り物、三題話のやうな各々《おの/\》の生活――土地を売つた以上は郷里の妻子のところに帰るほかない。人間墳墓の地を忘れてはならない。椎の若葉に光りあれ、僕は何処《どこ》に光りと熱とを求めてさまよふべきなんだらうか。我輩の葉は最早朽ちかけてゐるのだが、親愛なる椎の若葉よ、君の光りの幾部分かを僕に恵め。
[#地から2字上げ](大正十三年六月)



底本:「現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村磯多 相馬泰三 川崎長太郎 宮路嘉六 木山捷平 集」筑摩書房
   1973(昭和48)年2月5日初版第1刷発行
※底本は旧仮名新字で、カタカナで表記した名詞の拗促音のみ小書きしている。ルビ中の拗促音も、これにならって処理した。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林田清明
校正:松
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