暴をしたか、それは知らないんだが、大体としては私は、手を以《もつ》て人を打ち、人の器物を破壊し、人の体に怪我をさせるといふことは大変好かない。如何《いか》なる場合に於《おい》てもそれは好かない。そんなことを云ふと随分笑ふ人もあるだらうけれど、我輩の手は呪《のろ》はれた手なんだ。「呪はれた手」といふ小品を書いたこともあるが、我輩の娘、いまは十四になるが、七八年前僕等がもつと貧乏な時代、郷里で親父どもの世話になつてをつた時分だつたものだから義理ある母の手前、不憫《ふびん》ではあつたが、娘の頬《ほつ》ぺたを打つた。打つて親父の家を出て、往来の白日の前に立つて見て、涙を止めることが出来なかつた。打つまじきものを打つた、この手に呪ひあれ、呪はれた手であるといふ心持から「呪はれた手」といふのを書いて二度三度これを繰返してはならない、さう思つて来てゐるわけなのですが、いつも酔払つては喧嘩ばかししてをるといふことになつてをつて、それもこれも皆心の至らぬ故《ゆゑ》に違ひない。

 世間のことはいろ/\とむつかしく出来てゐるものらしく、僕達には分らないことが多い。自分を本当に信じてゐてくれるをんな、男なんて、この世間に幾人ゐるんだらうか。せい公もどれくらゐまでに僕を信じてゐてくれて、僕のところに居りたいと云つてをるのか、僕には何うにも分りかねる。をんなといふものの正体が、僕にはかなり分つてゐないらしい。それやこれやとは話しがとんちんかんになるやうで、ひどく気がひけるんだが、いろ/\のことから、女房子供の所へ帰つて行くほか道がないやうな状態になつた。この下宿西城館の厚意といふものは大変なんだけれど、いつまでもその厚意を受けてゐられないほど、わたしの与太は過ぎたらしい。われ/\は自分の過失について何《ど》の程度までに責任を背負つていゝか、人間の過失といふものは、矢張りむつかしい入組んだ事情から醸《かも》されて来てをることが多いんぢやないか。妻子縁類のこと、をんなのこと、思ひつめて行くと何うにもならないところにいつでも打突《ぶつつ》かつて行く。昔ならば坊主になつて、何《な》にも彼《か》にも三十八年間の罪業過失の懺悔《ざんげ》をしたいところであるんだが、――此《こ》の間演伎座で中車《ちゆうしや》の錨知盛《いかりとももり》を見たが、弁慶が出て来て知盛の首に数珠《じゆず》を投げかけたところ、知盛憤
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