ぐすやうな根気と誠実さがなければ駄目なんだ。彼等の言ひ分は重々|尤《もつと》もであると思ふが、また我輩《わがはい》善蔵君としても、震災以来のナン[#「ナン」に傍点]についてはやはり遺憾《ゐかん》に思つてゐるんだ。つまりおせい君はその間に挾《はさ》まつて何う身動きも出来ないやうな状態なんぢやないかな。僕はおせいを悪い性質のをなごだとは考へてゐない。しかし何分にも周囲が悪いといふやうな気がされて仕方がない。こんなことを云ふと、向うの一族でも憤慨する人が沢山ありさうには思ふが、僕の感じだから仕方がないんだ。
おせいの親父さんとそこで何んなことを云ひ合つたのか、一寸僕にははつきりしたことは云へないのだが、渡辺さんが呼びに行つてくれたのかな、そんな筈がないと思ふんだが、それならばおせいのぢいさんが話を聞いて押掛けて来たのだらうと思ふ。僕には愉快な道理はない。その前に朝のうちにおせいの義兄の小池さんといふ人と会つて、一通りのことは話を決めてゐたわけなのですから。大体おせいの親父招寿軒浅見安太郎さんは、渡辺さんの先住老僧があの老年で、あの震災当時をばさんと一緒に潰《つぶ》され、幸《さいはひ》にお怪我《けが》もなくて出て、僕もさうだつたんだが、どこを頼ることもできず、僕の厄介《やくかい》になつてをる招寿軒だからと思つて、老僧をばさんのことをお願ひしたとき招寿軒主人、またおばあさん――おせいのお母さんなぞも、それだけの義理を尽してくれたとは何うにも考へられない。さういふいろ/\の心持で招寿軒のぢゝい、宝珠のばあさん、現住謙栄師――いろ/\な思ひで酒を飲んだのでは面白くない。渡辺さんに対して随分迷惑したと思つてそんなことまで考へると味気ない気がして来る。僕はお金も欲しくはなかつたのだが、そんないろ/\な気分から渡辺さんに汽車賃十円貸してくれと云つて申込んで、たしかに一時自分の財布に入れたと思ふが、そんな法がある可《べ》きぢやないんだから矢張りお返ししたやうに思ふ。それからだ。かなり酔払つて来たんだらうから、帰りにまたそのバラック飲食店に寄りたくなつたのか、寄るといふ馬鹿はないんだ。それ程信用してないものならば、信用しない人間のところへ寄るなんていふことは間違ひのもとであることで褒《ほ》めた話ではない。そこをのんべといふ奴は仕方がないもんでして、酔つたと見えるんですな。僕はどの程度の乱
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