滅だ――終いには斯う彼も絶望して自分に云った。
 電灯屋、新聞屋、そばや、洋食屋、町内のつきあい[#「つきあい」に傍点]――いろんなものがやって来る。室《へや》の中に落着いて坐ってることが出来ない。夜も晩酌が無くては眠れない。頭が痛んでふらふらする。胸はいつでもどきん/\している。……
 と云って彼は何処へも訪ねて行くことが出来ないので、やはり十銭持つと、Kの渋谷の下宿へ押かけて行くほかなかった。Kは午前中は地方の新聞の長篇小説を書いて居る。午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。先客があったり、後から誰か来合せたりすると彼は往きにもまして一層|滅入《めい》った、一層圧倒された惨めな気持にされて帰らねばならぬのだ――
 彼は歯のすっかりすり減った日和《ひより》を履いて、終点で電車を下りて、午下りの暑い盛りをだら/\汗を流しながら、Kの下宿の前庭の高い松の樹を見あげるようにして、砂利を敷いた坂路を、ひょろ高い屈《まが》った身体してテク/\上って行くのであった
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