いものかのように、一杯々々味いながら飲んだ。前の大きな鏡に映る蒼黒い、頬のこけた、眼の落凹んだ自分の顔を、他人のものかのように放心した気持で見遣りながら、彼は延びた頭髪を左の手に撫であげ/\、右の手に盃を動かしていた。そして何を考えることも、何を怖れるというようなことも、出来ない程疲れて居る気持から、無意味な深い溜息ばかしが出て来るような気がされていた。
「お父さん、僕エビフライ喰べようかな」
寿司を平らげてしまった長男は、自分で読んでは、斯う並んでいる彼に云った。
「よし/\、……エビフライ二――」
彼は給仕女の方に向いて、斯う機械的に叫んだ。
「お父さん、僕エダマメを喰べようかな」
しばらくすると、長男はまた云った。
「よし/\、エダマメ二――それからお銚子……」
彼はやはり同じ調子で叫んだ。
やがて食い足った子供等は外へ出て、鬼ごっこ[#「ごっこ」に傍点]をし始めた。長女は時々|扉《ドア》のガラスに顔をつけて父の様子を視に来た。そして彼の飲んでるのを見て安心して、また笑いながら兄と遊んでいた。
厭らしく化粧した踊り子がカチ/\と拍子木を鼓《たた》いて、その後から十六七
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