か知らんがね、今日の時勢というものは、それは恐ろしいことになってるんだからね。いずれの方面で立つとしても、ある点だけは真面目にやっとらんと、一寸のことで飛んでもないことになるぜ。僕も職掌柄いろ/\な実例も見て来てるがね、君もうっかりしとると、そんなことでは君、生存が出来なくなるぜ!」
 警部の鈍栗眼《どんぐりまなこ》が、喰入るように彼の額に正面《まとも》に向けられた。彼はたじろいだ。
「……いや君、併し、僕だって君、それほどの大変なことになってるんでもないよ。何しろ運わるく妻が郷里に病人が出来て帰って居る、……そんなこんなでね、余り閉口してるもんだからね。……」
「……そう、それが、君の方では、それ程大したことではないと思ってるか知らんがね、何にしてもそれは無理をしても先方の要求通り越しちまうんだな。これは僕が友人として忠告するんだがね、そんな処に長居をするもんじゃないよ。それも君が今度が初めてだというからまだ好いんだがね、それが幾度もそんなことが重なると、終いにはひどい目に会わにゃならんぜ。つまり一種の詐欺だからね。家賃を支払う意志なくして他人の家屋に入ったものと認められても仕方が無
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