がら、彼が目下家を追い立てられているということ、今晩中に引越さないと三百が乱暴なことをするだろうが、どうかならぬものだろうかと云うようなことを、相手の同情をひくような調子で話した。
「さあ……」と横井は小首を傾《かし》げて急に真面目な調子になり「併し、そりゃ君、つまらんじゃないか。そんな処に長居するもんじゃないよ。気持を悪くするばかしで、結局君の不利益じゃないか。そりゃ先方《むこう》の云う通り、今日中に引払ったらいゝだろうね」
「出来れば無論今日中に越すつもりだがね、何しろこれから家を捜さにゃならんのだからね」
「併しそんな処に長居するもんじゃないね。結局君の不利益だよ」
 彼の期待は外れて、横井は警官の説諭めいた調子で斯う繰り返した。
「そうかなあ……」
「そりゃそうとも。……では大抵署に居るからね、遊びに来給え」
「そうか。ではいずれ引越したらお知らせする」
 斯う云って、彼は張合い抜けのした気持で警官と別れて、それから細民窟附近を二三時間も歩き廻った。そしてよう/\恰好な家を見つけて、僅かばかしの手附金を置いて、晩に引越して来るということにして帰って来た。がやっぱし細君からの為替
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