まご》つくようなこともあるだろうし、またどんな嫌疑で――彼の見すぼらしい服装だけでもそれに値いしないとは云えないのだから――「オイオイ! 貴様は! 厭に邸内をジロ/\覗き歩いて居るが、一体貴様は何者か? 職業は? 住所は?」
 で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎようとした。
「オイオイ!」
 ……果して来た! 彼の耳がガアンと鳴った。
「オイオイ! ……」
 警官は斯う繰返してものの一分もじっと彼の顔を視つめていたが、
「……忘れたか! 僕だよ! ……忘れたかね? ウヽ? ……」
 警官は斯う云って、初めて相好を崩し始めた。
「あ君か! 僕はまた何物かと思って吃驚しちゃったよ。それにしてもよく僕だってことがわかったね」
 彼は相手の顔を見あげるようにして、ほっとした気持になって云った。
「そりゃ君、警察眼じゃないか。警察眼の威力というのは、そりゃ君恐ろしいものさ」
 警官は斯う得意そうに笑って云った。
 午下りの暑い盛りなので、そこらには人通りは稀であった。二人はそこ
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