「君の処へも山本山が行ったろうね?」と訊いた。
「あ貰ったよ。そう/\、君へお礼を云わにゃならんのだっけな」
「お礼はいゝが、それで別段異状はなかったかね?」
「異状? ……」彼にもKの云う意味が一寸わからなかった。
「……だと別に何でもないがね、僕はまた何処か異状がありやしなかったかと思ってね。……そんな話を一寸聞いたもんだから」
 斯う云われて、彼の顔色が変った。――鑵の凹みのことであったのだ。
 それは、全く、彼にも想像にも及ばなかった程、恐ろしい意外のことであった。鑵の凹みは、Yが特に、毎朝振り慣れた鉄唖鈴《てつあれい》で以て、左りぎっちょ[#「左りぎっちょ」に傍点]の逞しい腕に力をこめて、Kの口調で云うと、「えゝ憎き奴め!」とばかり、殴りつけて寄越したのだそうであった。
「……K君そりゃ本当の話かね? 何でまたそれ程にする必要があったんかね? 変な話じゃないか。俺はYにも御馳走にはなったことはあるが、金は一文だって借りちゃいないんだからな……」
 斯う云った彼の顔付は、今にも泣き出しそうであった。
「だからね、そんな、君の考えてるようなもんではないってんだよ、世の中というもの
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