だって同じことさ。ちょい/\これでいろんな事件があるんだよ」
「でも一体に大事件の無い処だろう?」
「がその代り、注意人物が沢山居る。第一君なんか初めとしてね……」
「馬鹿云っちゃ困るよ。僕なんかそりゃ健全なもんさ。唯貧乏してるというだけだよ。尤も君なんかの所謂警察眼なるものから見たら、何でもそう見えるんか知らんがね、これでも君、幾らかでも国家社会の為めに貢献したいと思って、貧乏してやってるんだからね。単に食う食わぬの問題だったら、田舎へ帰って百姓するよ」
 彼は斯う額をあげて、調子を強めて云った。
「相変らず大きなことばかし云ってるな。併し貧乏は昔から君の附物じゃなかった?」
「……そうだ」
 二人は一時間余りも斯うした取止めのない雑談をしていた。その間に横井は、彼が十年来続けてるという彼独特の静座法の実験をして見せたりした。横井は椅子に腰かけたまゝでその姿勢を執って、眼をつぶると、半分《はんぷん》とも経たないうちに彼の上半身が奇怪な形に動き出し、額にはどろ/\汗が流れ出す。横井はそれを「精神統一」と呼んだ。
「……でな、斯う云っちゃ失敬だがね、僕の観察した所ではだ、君の生活状態または精神状態――それはどっちにしても同じようなもんだがね、余程不統一を来して居るようだがね、それは君、統一せんと不可んぞ……。精神統一を練習し給え。練習が少し積んで来ると、それはいろ/\な利益があるがね、先ず僕達の職掌から云うと、非常に看破力が出て来る。……此奴《こやつ》は口では斯んなことを云ってるが腹の中は斯うだな、ということが、この精神統一の状態で観ると、直ぐ看破出来るんだからね、そりゃ恐ろしいもんだよ。で、僕もこれまでいろ/\な犯人を掴まえたがね、それが大抵昼間だったよ。……此奴怪しいな、斯う思った刹那にひとりでに精神統一に入るんだね。そこで、……オイコラオイコラで引張って来るんだがね、それがもうほとんど百発百中だった」
「……フム、そうかな。でそんな場合、直ぐ往来で縄をかけるという訳かね?」
「……なあんで、縄なぞかけやせんさ。そりゃもう鉄の鎖で縛ったよりも確かなもんじゃ。……貴様は遁《のが》れることならんぞ! 貴様は俺について来るんだぞ! と云うことをちゃんと暗示して了うんだからね、つまり相手の精神に縄を打ってあるんだからな、これ程確かなことはない」
「フム、そんなものかねえ」
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