たことに対しても持ちたがる憤慨や暴慢というものがどんな程度のものだかということを了解していないからなんだよ。それに一体君は、魔法使いの婆さん見たいな人間は、君に仕事をさせて呉れるような方面にばかし居るんだと思ってるのが、根本の間違いだと思うがな。吾々の周囲――文壇人なんてもっとひどいものかも知れないからね。君のいう魔法使いの婆さんとは違った、風流な愛とか人道とか慈《いつ》くしむとか云ってるから悉くこれ慈悲|忍辱《にんにく》の士君子かなんぞと考えたら、飛んだ大間違いというもんだよ。このことだけは君もよく/\腹に入れてかゝらないと、本当に君という人は吾々の周囲から、……生存出来ないことになるぜ! 世間には僕のような風来坊ばかし居ないからね」
 今にも泣き出しそうに瞬《しばた》たいている彼の眼を覗き込んで、Kは最後の宣告でも下すように、斯う云った。

     二

 …………
 眼を醒まして見ると、彼は昨夜のまゝのお膳の前に、肌襦袢一枚で肱枕して寝ていたのであった。身体中そちこち蚊に喰われている。膳の上にも盃の中にも蚊が落ちている。嘔吐を催させるような酒の臭い――彼はまだ酔の残っているふら/\した身体を起して、雨戸を開け放した。次ぎの室で子供等が二人、蚊帳も敷蒲団もなく、ボロ毛布の上へ着たなりで眠っていた。
 朝飯を済まして、書留だったらこれを出せと云って子供に認印《みとめ》を預けて置いて、貸家捜しに出かけようとしている処へ、三百が、格子外から声かけた。
「家も定《き》まったでしょうな? 今日は十日ですぜ。……御承知でしょうな?」
「これから捜そうというんですがな、併し晩までに引越したらそれでいゝ訳なんでしょう」
「そりゃ晩までで差支えありませんがね、併し余計なことを申しあげるようですが、引越しはなるべく涼しいうちの方が好かありませんかね?」
「併し兎に角晩までには間違いなく引越しますよ」
「でまた余計なことを云うようですがな、その為めに私の方では如何なる御処分を受けても差支えないという証書も取ってあるのですからな、今度間違うと、直ぐにも処分しますから」
 三百は念を押して帰って去《い》った。彼は昼頃までそちこち歩き廻って帰って来たが、やはり為替《かわせ》が来てなかった。
 で彼はお昼からまた、日のカン/\照りつける中を、出て行った。顔から胸から汗がぽた/\流れ落ちた。
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