つた。
彼等は――彼と、子と、子の母との三人で――昨年の夏前までは郊外に小さな家を持つていつしよに棲《す》んでゐたのである。世の中からまつたく隠遁《いんとん》したやうな、貧しい、しかし静かな生活であつた。子供は丁度ラシャの靴をはいてチヨコ/\と駈《か》け歩くやうになつてゐたが、孤独な詩人のためには唯一の友であり兄弟であつた。
彼等は縁日で買つて来た粗末な胡弓《こきゆう》をひいたり、鉛筆で絵を描いたり、鬼ごつこなぞして遊んだ。棄《す》てられた小犬と、数匹の金魚と亀の子も飼つてゐた。そして彼等の楽しい日課のひとつとして、晴れた日の午後には子供の手をひいて、小犬をつれて、そこらの田圃《たんぼ》の溝《みぞ》に餌《ゑ》をとりに行くことになつてゐた。けれども丁度彼等のさうした生活も、迫りに迫つて来てゐたのであつた。従順な細君の溜息《ためいき》がだん/\と力無く、深くなつて行つた。ながく掃除を怠つてゐた庭には草が延び放題に延びてゐた。
金魚は亀の子といつしよに、白い洗面器に入れられて縁側に出されてあつた。彼等の運命は一日々々と追つて来てゐるのであつたが、子供の為めの日課はやはり続けられてゐた。
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