元始の生活を送つて、真実なる子供の友となり、兄弟となり、教育者となりたいとも思ふのであつた。
けれども偉大なる子は、決して直接の父を要しないであらう。彼は寧《むし》ろどこまでも自分の道を求めて、追うて、やがて斃《たふ》るゝべきである。そしてまた彼の子供もやがては彼の年代に達するであらう、さうして彼の死から沢山の真実を学び得るであらう――
六
苦しい図書館通ひが四五日も続いた、その朝であつた。彼はいつものやうに、暁方《あけがた》過《す》ぎからうと/\と重苦しい眠りにはひつて、十時少し前に気色のわるい寝床を出たのであつた。
日が、燻《くす》べられたやうな色の雨戸の隙間《すきま》から流れ入つて、室の中はむし/\してゐた。彼は雨戸を開けて、ビシヨ/\の寝衣を窓庇《まどびさし》の釘《くぎ》に下げて、それから洗面器を出さうとして押入れの唐紙《からかみ》を開けた。見なれた洗面器の中のうがひのコップや、石鹸箱《シャボンばこ》や、歯磨の袋が目に入つた。
と、彼は軽く咳《せ》き入つた、フラ/\となつた、しまつた! 斯《か》う思つた時には、もうそれが彼の咽喉《のど》まで押し寄せてゐ
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