といはん方なし。
 去るほどに三匹の獣は、互ひに尽す秘術|剽挑《はやわざ》、右に衝《つ》き左に躍り、縦横|無礙《むげ》に暴《あ》れまはりて、半時《はんとき》ばかりも闘《たたか》ひしが。金眸は先刻《さき》より飲みし酒に、四足の働き心にまかせず。対手《あいて》は名に負ふ黄金丸、鷲郎も尋常《なみなみ》の犬ならねば、さしもの金眸も敵しがたくや、少しひるんで見えける処を、得たりと著入《つけい》る黄金丸、金眸が咽喉《のんど》をねらひ、頤《あご》も透れと噬《か》みつけ、鷲郎もすかさず後より、金眸が睾丸《ふぐり》をば、力をこめて噬みたるにぞ。灸所《きゅうしょ》の痛手に金眸は、一声|※[#「口+翁」、112−16]《おう》と叫びつつ、敢《あえ》なく躯《むくろ》は倒れしが。これに心の張り弓も、一度に弛みて両犬は、左右に※[#「手へん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と俯伏《ひれふ》して、霎時《しばし》は起きも得ざりけり。
 文角は今まで洞口にありて、二匹の犬の働きを、眼《まなこ》も放たず見てありしが、この時|徐《おもむ》ろに進み入り、悶絶なせし二匹をば、さまざまに舐《ねぶ》り勦《いた》はり。漸く元に
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