んずほどに、心安く思ふべし」ト、かつ慰めかつ怒り、やがて聴水を前《さき》に立てて、脛《すね》にあまる雪を踏み分けつつ、山を越え渓《たに》を渉《わた》り、ほどなく麓に出でけるに、前《さき》に立ちし聴水は立止まり、「大王、彼処《かしこ》に見ゆる森の陰に、今煙の立昇《たちのぼ》る処は、即ち荘官《しょうや》が邸《やしき》にて候が、大王自ら踏み込み給ふては、徒《いたず》らに人間《ひと》を驚かすのみにて、敵《かたき》の犬は逃げんも知れず。これには僕よき計策《はかりごと》あり」とて、金眸の耳に口よせ、何やらん耳語《ささやき》しが、また金眸が前《さき》に立ちて、高慢顔にぞ進みける。
第二回
ここにこの里の荘官《しょうや》の家に、月丸《つきまる》花瀬《はなせ》とて雌雄《ふうふ》の犬ありけり。年頃|情《なさけ》を掛《かけ》て飼ひけるほどに、よくその恩に感じてや、いとも忠実《まめやか》に事《つか》ふれば、年久しく盗人《ぬすびと》といふ者|這入《はい》らず、家は増々《ますます》栄えけり。
降り続く大雪に、伯母《おば》に逢ひたる心地《ここち》にや、月丸は雌《つま》諸共《もろとも》に、奥なる広庭
前へ
次へ
全89ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
巌谷 小波 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング