ん。かく洞にのみ垂籠《たれこ》めしも、決して寒気を厭《いと》ふにあらず、獲物あるまじと思へばなり。今爾がいふ処|偽《いつわり》ならずば、速《すみやか》に東道《あんない》せよ、われ往《ゆ》きてその獲物を取らんに、什麼《そも》そは何処《いずく》ぞ」トいへば。聴水はしたり顔にて、「大王速かに承引《うけがい》たまひて、僕《やつがれ》も実《まこと》に喜ばしく候。されば暫く心を静め給ひて、わがいふ事を聞き給へ。そもその獲物と申すは、この山の麓《ふもと》の里なる、荘官《しょうや》が家の飼犬にて、僕|他《かれ》には浅からぬ意恨《うらみ》あり。今大王|往《ゆき》て他《かれ》を打取たまはば、これわがための復讐《あだがえし》、僕が欣喜《よろこび》これに如《し》かず候」トいふに金眸|訝《いぶか》りて、「こは怪《け》しからず。その意恨《うらみ》とは怎麼《いか》なる仔細《しさい》ぞ、苦しからずば語れかし」「さん候。一昨日《おとつい》の事なりし、僕かの荘官が家の辺《ほとり》を過《よぎ》りしに、納屋《なや》と覚《おぼし》き方《かた》に当りて、鶏の鳴く声す。こは好き獲物よと思ひしかば、即《すなわ》ち裏の垣より忍び入りて
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