々《ひしひし》と縛《いまし》められぬ。その間《ひま》に彼の聴水は、危き命助かりて、行衛《ゆくえ》も知らずなりけるに。黄金丸は、無念に堪へかね、切歯《はぎしり》して吠《ほ》え立つれば。「おのれ人間《ひと》の子を傷《きずつ》けながら、まだ飽きたらで猛《たけ》り狂ふか。憎き狂犬《やまいぬ》よ、今に目に物見せんず」ト、曳《ひき》立て曳立て裏手なる、槐《えんじゅ》の幹に繋《つな》ぎけり。
倶不戴天《ぐふたいてん》の親の仇《あだ》、たまさか見付けて討たんとせしに、その仇は取り逃がし、あまつさへその身は僅少《わずか》の罪に縛められて邪見の杖《しもと》を受《うく》る悲しさ。さしもに猛き黄金丸も、人間《ひと》に牙向《はむか》ふこともならねば、ぢつと無念を圧《おさ》ゆれど、悔《くや》し涙に地は掘れて、悶踏《あしずり》に木も動揺《ゆら》ぐめり。
却説《かへつてと》く鷲郎は、今朝《けさ》より黄金丸が用事ありとて里へ行きしまま、日暮れても帰り来ぬに、漸く心安からず。幾度《いくたび》か門に出でて、彼方此方《かなたこなた》を眺《ながむ》れども、それかと思ふ影だに見えねば。万一|他《かれ》が身の上に、怪我《あやま
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