住みけり。幾星霜《いくとしつき》をや経たりけん、躯《からだ》尋常《よのつね》の犢《こうし》よりも大《おおき》く、眼《まなこ》は百錬の鏡を欺き、鬚《ひげ》は一束《ひとつか》の針に似て、一度《ひとたび》吼《ほ》ゆれば声|山谷《さんこく》を轟《とどろ》かして、梢《こずえ》の鳥も落ちなんばかり。一|山《さん》の豺狼《さいろう》麋鹿《びろく》畏《おそ》れ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威を逞《たくまし》うして、自ら金眸《きんぼう》大王と名乗り、数多《あまた》の獣類《けもの》を眼下に見下《みくだ》して、一山|万獣《ばんじゅう》の君とはなりけり。
頃《ころ》しも一月の初《はじめ》つ方《かた》、春とはいへど名のみにて、昨日《きのう》からの大雪に、野も山も岩も木も、冷《つめた》き綿《わた》に包まれて、寒風|坐《そぞ》ろに堪えがたきに。金眸は朝より洞《ほら》に籠《こも》りて、独《ひと》り蹲《うずく》まりゐる処へ、兼《かね》てより称心《きにいり》の、聴水《ちょうすい》といふ古狐《ふるぎつね》、岨《そば》伝ひに雪踏み分《わげ》て、漸《ようや》く洞の入口まで来たり。雪を払ひてにじり入り、まづ慇懃《い
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