んぎん》に前足をつかへ、「昨日よりの大雪に、外面《そとも》に出《いず》る事もならず、洞にのみ籠り給ひて、さぞかし徒然《つれづれ》におはしつらん」トいへば。金眸は身を起こして、「※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《オー》聴水なりしか、よくこそ来りつれ。実《まこと》に爾《なんじ》がいふ如く、この大雪にて他出《そとで》もならねば、独り洞に眠りゐたるに、食物《かて》漸く空《むな》しくなりて、やや空腹《ものほし》う覚ゆるぞ。何ぞ好《よ》き獲物はなきや、……この大雪なればなきも宜《むべ》なり」ト嘆息するを。聴水は打消し、「いやとよ大王。大王もし実《まこと》に空腹《ものほし》くて、食物《かて》を求め給ふならば、僕《やつがれ》好き獲物を進《まいら》せん」「なに好き獲物とや。……そは何処《いずこ》に持来りしぞ」「否《いな》。此処《ここ》には持ち侍《はべ》らねど、大王|些《ちと》の骨を惜まずして、この雪路《ゆきみち》を歩みたまはば、僕よき処へ東道《あんない》せん。怎麼《いか》に」トいへば。金眸|呵々《からから》と打笑ひ、「やよ聴水。縦令《たと》ひわれ老いたりとて、焉《いずく》ンぞこれしきの雪を恐れん。かく洞にのみ垂籠《たれこ》めしも、決して寒気を厭《いと》ふにあらず、獲物あるまじと思へばなり。今爾がいふ処|偽《いつわり》ならずば、速《すみやか》に東道《あんない》せよ、われ往《ゆ》きてその獲物を取らんに、什麼《そも》そは何処《いずく》ぞ」トいへば。聴水はしたり顔にて、「大王速かに承引《うけがい》たまひて、僕《やつがれ》も実《まこと》に喜ばしく候。されば暫く心を静め給ひて、わがいふ事を聞き給へ。そもその獲物と申すは、この山の麓《ふもと》の里なる、荘官《しょうや》が家の飼犬にて、僕|他《かれ》には浅からぬ意恨《うらみ》あり。今大王|往《ゆき》て他《かれ》を打取たまはば、これわがための復讐《あだがえし》、僕が欣喜《よろこび》これに如《し》かず候」トいふに金眸|訝《いぶか》りて、「こは怪《け》しからず。その意恨《うらみ》とは怎麼《いか》なる仔細《しさい》ぞ、苦しからずば語れかし」「さん候。一昨日《おとつい》の事なりし、僕かの荘官が家の辺《ほとり》を過《よぎ》りしに、納屋《なや》と覚《おぼし》き方《かた》に当りて、鶏の鳴く声す。こは好き獲物よと思ひしかば、即《すなわ》ち裏の垣より忍び入りて※[#「穴/果」、第3水準1−89−51]宿《とや》近く往かんとする時、他《かれ》目慧《めざと》くも僕を見付《みつけ》て、驀地《まっしぐら》に飛《とん》で掛《かか》るに、不意の事なれば僕は狼狽《うろた》へ、急ぎ元入りし垣の穴より、走り抜けんとする処を、他《かれ》わが尻尾《しりお》を咬《くわ》へて引きもどさんとす、われは払《はらっ》て出でんとす。その勢にこれ見そなはせ、尾の先少し齧《か》み取られて、痛きこと太《はなはだ》しく、生れも付かぬ不具にされたり。かくては大切なるこの尻尾も、老人《としより》の襟巻《えりまき》にさへ成らねば、いと口惜しく思ひ侍れど。他は犬われは狐、とても適《かな》はぬ処なれば、復讐《あだがえし》も思ひ止《とど》まりて、意恨《うらみ》を呑《のん》で過ごせしが。大王、僕《やつがれ》不憫《ふびん》と思召《おぼしめ》さば、わがために仇《あだ》を返してたべ。さきに獲物を進《まいら》せんといひしも、実《まこと》はこの事願はんためなり」ト、いと哀れげに訴《うったう》れば。金眸は打点頭《うちうなず》き、「憎き犬の挙動《ふるまい》かな。よしよし今に一攫《ひとつか》み、目に物見せてくれんずほどに、心安く思ふべし」ト、かつ慰めかつ怒り、やがて聴水を前《さき》に立てて、脛《すね》にあまる雪を踏み分けつつ、山を越え渓《たに》を渉《わた》り、ほどなく麓に出でけるに、前《さき》に立ちし聴水は立止まり、「大王、彼処《かしこ》に見ゆる森の陰に、今煙の立昇《たちのぼ》る処は、即ち荘官《しょうや》が邸《やしき》にて候が、大王自ら踏み込み給ふては、徒《いたず》らに人間《ひと》を驚かすのみにて、敵《かたき》の犬は逃げんも知れず。これには僕よき計策《はかりごと》あり」とて、金眸の耳に口よせ、何やらん耳語《ささやき》しが、また金眸が前《さき》に立ちて、高慢顔にぞ進みける。

     第二回

 ここにこの里の荘官《しょうや》の家に、月丸《つきまる》花瀬《はなせ》とて雌雄《ふうふ》の犬ありけり。年頃|情《なさけ》を掛《かけ》て飼ひけるほどに、よくその恩に感じてや、いとも忠実《まめやか》に事《つか》ふれば、年久しく盗人《ぬすびと》といふ者|這入《はい》らず、家は増々《ますます》栄えけり。
 降り続く大雪に、伯母《おば》に逢ひたる心地《ここち》にや、月丸は雌《つま》諸共《もろとも》に、奥なる広庭
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