方《かた》へ出で来つ。此処《ここ》の畠|彼処《かしこ》の廚《くりや》と、日暮るるまで求食《あさ》りしかど、はかばかしき獲物もなければ、尋ねあぐみて只《と》ある藪陰《やぶかげ》に憩《いこ》ひけるに。忽ち車の軋《きし》る音して、一匹の大牛《おおうし》大《おおい》なる荷車を挽《ひ》き、これに一人の牛飼つきて、罵立《ののしりた》てつつ此方《こなた》をさして来れり。聴水は身を潜めて件《くだん》の車の上を見れば。何処《いずく》の津より運び来にけん、俵にしたる米の他《ほか》に、塩鮭《しおざけ》干鰯《ほしか》なんど数多《あまた》積めるに。こは好《よ》き物を見付けつと、なほ隠れて車を遣《や》り過し、閃《ひら》りとその上に飛び乗りて、積みたる肴《さかな》をば音せぬやうに、少しづつ路上《みちのべ》に投落《なげおと》すを、牛飼は少しも心付かず。ただ彼《かの》牛のみ、車の次第に軽くなるに、訝《いぶか》しとや思ひけん、折々立止まりて見返るを。牛飼はまだ暁得《さと》らねば、かへつて牛の怠るなりと思ひて、ひたすら罵り打ち立てて行きぬ。とかくして一町ばかり来るほどに、肴大方取下してければ、はや用なしと車を飛び下り。投げたる肴を一ツに拾ひ集め、これを山へ運ばんとするに。層《かさ》意外《おもいのほか》に高くなりて、一匹にては持ても往かれず。さりとて残し置かんも口惜し、こは怎麼《いか》にせんと案じ煩ひて、霎時《しばし》彳《たたず》みける処に。彼方《あなた》の森の陰より、驀地《まっしぐら》に此方《こなた》をさして走《は》せ来る獣あり。何者ならんと打見やれば。こは彼の黒衣にて。小脇に弓矢をかかへしまま、側目《わきめ》もふらず走り過ぎんとするに。聴水は連忙《いそがわ》しく呼び止めて、「喃々《のうのう》、黒衣ぬし待ちたまへ」と、声を掛《かく》れば。漸くに心付きし乎《か》、黒衣は立止まり、聴水の方《かた》を見返りしが。ただ眼を見張りたるのみにて、いまだ一言も発し得ぬに。聴水は可笑《おか》しさを堪《こら》えて、「慌《あわただ》し何事ぞや。面《おもて》の色も常ならぬに……物にや追はれ給ひたる」ト、問《とい》かくれば。黒衣は初めて太息《といき》吻《つ》き、「さても恐しや。今かの森の中にて、黄金《こがね》……黄金色なる鳥を見しかば。一矢に射止めんとしたりしに、豈《あに》計らんや他《かれ》は大《おおい》なる鷲《わし》にて、わ
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