がて笑ひにまぎらしつつ、そのまま中《うち》に引入れて、共に夕餉《ゆうげ》も喰《くら》ひ果てぬ。
暫《しばらく》して黄金丸は、鷲郎に打向ひて、今日朱目が許《もと》にて聞きし事ども委敷《くわしく》語り、「かかる良計ある上は、速《すみや》かに彼の聴水を、誑《おび》き出《いだ》して捕《とらえ》んず」ト、いへば鷲郎もうち点頭《うなず》き、「狐を釣るに鼠《ねずみ》の天麩羅《てんぷら》を用ふる由は、われ猟師《かりうど》に事《つか》へし故、疾《とく》よりその法は知りて、罠《わな》の掛け方も心得つれど、さてその餌《えば》に供すべき、鼠のあらぬに逡巡《ためら》ひぬ」ト、いひつつ天井を打眺《うちなが》め、少しく声を低めて、「御身がかつて救《たす》けたる、彼の阿駒《おこま》こそ屈竟《くっきょう》なれど。他《かれ》頃日《このごろ》はわれ曹《ら》に狎《なず》みて、いと忠実《まめやか》に傅《かしず》けば、そを無残に殺さんこと、情も知らぬ無神狗《やまいぬ》なら知らず、苟《かり》にも義を知るわが們《ともがら》の、作《な》すに忍びぬ処ならずや」「実《まこと》に御身がいふ如く、われも途《みち》すがら考ふるに、まづ彼《あ》の阿駒に気は付きたれど。われその必死を救ひながら、今また他《かれ》が命を取らば、怎麼《いか》にも恩を被《き》するに似て、わが身も快くは思はず。とてもかくてもこの外に、鼠を探《さが》し捕《と》らんに如《し》かじ」ト、言葉いまだ畢《おわ》らざるに、忽《たちま》ち「呀《あっ》」と叫ぶ声して、鴨居《かもい》より撲地《はた》ト顛落《まろびおつ》るものあり。二匹は思はず左右に分れ、落ちたるものを佶《きっ》と見れば、今しも二匹が噂《うわさ》したる、かの阿駒なりけるが。なにとかしたりけん、口より血|夥《おびただ》しく流れ出《いず》るに。鷲郎は急ぎ抱《いだ》き起しつ、「こや阿駒、怎麼にせしぞ」「見れば面《おもて》も血に塗《まみ》れたるに、……また猫にや追はれけん」「鼬《いたち》にや襲はれたる」「疾《と》くいへ仇敵《かたき》は討ちてやらんに」ト、これかれ斉《ひと》しく勦《いた》はり問へば。阿駒は苦しき息の下より、「いやとよ。猫にも追はれず、鼬にも襲はれず、妾《わらわ》自らかく成り侍《はべ》り」「さは何故の生害《しょうがい》ぞ」「仔細ぞあらん聞かまほし」ト、また連忙《いそがわ》しく問《とい》かくれば。阿駒は
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