深憂大患
竹越三叉

−−
【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「冫+咸」、146−下−4]
−−

今や我國家、朝鮮の爲めに師を出し、清國の勢力を朝鮮より一掃し、我公使をして其改革顧問たらしめ、我政治家をして、其の參贊たらしむ。朝鮮あつて以來、我勢力の伸張する、未だ曾て此の如きはあらず。此に於てか國民、揚々として自得し、朝鮮を以て純乎たる我藩屏と信じ、其政治家は一に我に負かざる者と信ず、また前途の憂患を慮らず。然れども知らず耶[#「然れども知らず耶」に白丸傍点]、吾人の深憂大患は實に朝鮮より來らんとするを[#「吾人の深憂大患は實に朝鮮より來らんとするを」に白丸傍点]。吾人が朝鮮を得たるは[#「吾人が朝鮮を得たるは」に丸傍点]、實に蝮蛇の卵を懷中に抱きたるもの也[#「實に蝮蛇の卵を懷中に抱きたるもの也」に丸傍点]。
師を朝鮮に出して清國と爭ふは、獨り明治の國民が企畫したる事のみにあらず、天智天皇が百濟を助け、唐軍と戰つて、白村江に敗北したる以來、國民が一日も忘るゝ能はざりし一大目的也。一千二百年の雄志初めて酬ゆるの日に方つて、我國民が歡呼、欣舞するものまた偶然にあらず。唯だそれ情炎、燃るの日も、吾人は冷頭靜思せざるべからず。所謂る朝鮮に於ける吾人の勝利なるものは、唯だ清國に對する勝利、武力の勝利のみ。朝鮮は依然たる獨立國にして、其の自主自由の權あるや、前日と一毫の差なきを記臆せざるべからず。吾人は朝鮮に於ける[#「吾人は朝鮮に於ける」に白丸傍点]『勢力[#「勢力」に白丸傍点]』を得たるのみ[#「を得たるのみ」に白丸傍点]、未だ朝鮮を我屬國としたるものにあらず[#「未だ朝鮮を我屬國としたるものにあらず」に白丸傍点]。若し或は已に勢力を得たるが爲に、朝鮮は、凡べての事に於て、我が思ふが如く成るべしと爲さば、是れ妄信の甚しきもの也。若し一個[#「若し一個」に白丸傍点]、列國權力の平衡を知り[#「列國權力の平衡を知り」に白丸傍点]、列國嫉妬の情僞を知り[#「列國嫉妬の情僞を知り」に白丸傍点]、空拳を揮つて列國を掌上に弄せんとするマキヤベーリ的の政治家あらば[#「空拳を揮つて列國を掌上に弄せんとするマキヤベーリ的の政治家あらば」に白
次へ
全8ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
竹越 三叉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング