葉のかげから這ひ出して来ます。どうかした拍子に雨だれが顔の上に落ちかかると、ひき蛙はちやうど酔ひどれが口の端の酒の泡を気にするやうに、不器用な手つきでそつと鼻さきを撫でまはしてゐます。そして時々立ちとまつて、昔馴染の俳人一茶が、旅姿のままでぐしよ濡れになつてゐはしないかと気づかふやうに、きよろきよろとあたりを見まはしてゐます。ひき蛙よ。お前が尋ねてゐるらしい一茶は、いい俳人だつたが、彼の魂は長年の悲みと苦みとのためにねぢけてゐる。明るいこの頃の雨と一しよに濡れるには、ふさはしからぬ友達の一人です。お前にはもつといい友達がそこに出て来ました。
 それは蟹です。蟹は土まみれの甲羅のままで、庭石のかげから横柄な身ぶりで這ひ出して来ました。鋼鉄製の蒸気機関の模型か何かのやうな厳畳づくりで、ぶつぶつ泡を吹いてゐるところは、どう見てもドイツ人の考案したらしい生物で、甲羅のどこかに『クルツプ会社製造』とでも極印が打つてありさうな気がします。私の家は海近い砂地に建つてゐるせゐか、蟹が沢山ゐて、梅雨季になると、壁を伝ひ、柱にすがつて畳の上にまで這ひあがつて来ることがよくあります。蟹よ。お前とひき蛙とは、
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