いる島は。」私は海のまぶしい反射に顔をしかめながら、できるだけ大人びた口調で尋ねた。
「大島。」そう簡単に答えた。
「そうですか。景色のいいところですね。ここなら、おちついて小説が書けそうです。」言って了ってからはっと思った。恥かしさに顔を真赤にした。言い直そうかと思った。
「おや、そうですか。」若い女中は、大きい眼を光らせて私の顔を覗《のぞ》きこんだ。運わるく文学少女らしいのである。「お宮と貫一さんも、私たちの宿へお泊りになられたんですって。」
私は、しかし、笑うどころではなかった。うっかり吐いた嘘のために、気の遠くなるほど思いなやんでいたのである。言葉を訂正することなど、死んでも恥かしくてできないのだった。私は夢中で呟《つぶや》いた。
「今月末が|〆切《しめきり》なのです。いそがしいのです。」
私の運命がこのとき決した。いま考えても不思議なのであるが、なぜ私は、あのような要らないことを呟かねばならなかったのであろう。人間というものは、あわてればあわてるほど、へまなことしか言えないものなのだろうか。いや、それだけではない。私がその頃、どれほど作家にあこがれていたか、そのはかない渇
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