って行ってやるよ。帰れよ。あした、また遊ぼう。」
「私、いや。」雪は、からだをはげしくゆすぶった。「いや、いや。」
「困るよ。じゃ、ふたりで野宿でもしようと言うのか。困るよ。僕は、宿のものへ恥かしいよ。」
「ああ、いいことがあるわ。おいでよ。」
 雪は手をぴしゃと拍《う》って、そう言ってから、私の着物の袖《そで》をつかまえ、ひきずるようにしてぱたぱた歩きだした。
「なんだ、どうしたんだ。」
 私もよろよろしながら、それでも雪について歩いた。
「いいことがあるの。でも恥かしいわ。あのね、百花楼ではね、ときどきお客が女のひとを連れこむのに、いやよ、笑っちゃ。」
「笑ってやしないよ。」
「そんな入口があるのよ。ええ、秘密よ。湯殿のとこからはいるの。それは、宿でも知らぬふりしているの。私、でも、話に聞いただけよ。ほんとのことは知らないわ。私、知らないことよ。あなた、私を、みだらな女だと思って。」
 変に真面目な口調だった。
「それあ、判らん。」
 私は意地わるくそう答えて、せせら笑った。
「ええ、みだらな女よ。みだらな女よ。」
 雪はひくくそう呟《つぶや》いてから、ふと立ちどまって泣きだした。
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