りにすると翁は自筆の短冊を二枚美濃紙に包んで紙縒《こより》で縛ったものを筆者の襟元から襦袢《じゅばん》と着物の間へ押し込んだ。
「それを持って筥崎宮の二番目の中の鳥居の傍《そば》に在る何某(失名)という茶屋に行って、そこに居る禿頭《はげあたま》の瘠せこけた婆さんへ、その短冊を渡してオオダイを下さいと云いなさい。オオダイ……わかるかの」
「オオダイ」
「そうそう。オオダイ。それを貰うたなら落さんように持って帰って来なさい」
「オーダイ」
「そうそう。オオダイじゃ。雷除けになるものじゃ。わかったかの」
 筆者は何となくアラビアン・ナイトの中の人間になったような気持で田圃通りに筥崎へ向った。オオダイとは、どんな品物だろうと色々に想像しながら……。
 中庄から筥崎までタップリ一里ぐらいはあったろう。途中の田圃には菜種の花が一面に咲いていた。涯てしもなく見晴らされる平野の家々に桃や桜がチラホラして、雲雀《ひばり》があとからあとから上った。
 瓦町の入口で七輪を造る土捏《つちこ》ねを長い事見ていた。櫛田神社の境内では大道《だいどう》手品に人だかりがしていた。
 筥崎松原にはまだ大学校が無かった。小
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