は舞台に立った筆者を見上げ見下してニコニコした。
「ほう。これは大きゅうなった。もう面《おもて》をかけんとおかしいのう。面をかけると序の舞やら楽《がく》やら舞うけに面白いがのう。ハテ。何にしようか。今度一度だけ『小督《こごう》』にしようか。うむ、『小督』にしよう『小督』にしよう。『土蜘』もええが糸の投げようがチット六かしかろう」
筆者は「土蜘」が舞いたくて舞いたくてたまらなかった。ずっと以前に河原田翁の追善能で見た金剛某氏の仏倒れや一の松への宙返りをやって見たくて仕様がなかったが、翁が勝手に「小督」にきめてしまったので頗《すこぶ》る悲観した。
その中《うち》に中学を落第しそうになって稽古を休んだのをキッカケにとうとう翁の処へ行かなくなった。唯「湯谷《ゆや》」のツレと「景清」のツレで面をかけて稽古した切り、シテとしては面を掛けずに終った。
その永い間翁が筆者に傾注してくれた精魂がドレ位であったろうか。その広大な師恩をアトカタもなく返上してしまった不孝の程は悔いても及ばない今日である。
◇
いよいよ謡の稽古が済むと、まだ文句のつながらないうちにサッサと舞台に
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