開けて見い」
 といった調子で有無を言わさず捻じ上げて行くので能率の上る事非常であったという。
 しかし能の方は滅法好きな癖に天下無敵の下手であった。翁がイクラ教えてもその通りには決して出来なかったし、自分でも諦めていたと見えて思い切った蛮声を張上げて思う存分、勝手気儘な舞い方をした。長刀《なぎなた》を持たせると大喜びでノサバリまわって危険この上もないので地謡が皆中腰で謡ったという。流石《さすが》の只圓翁もこの人物には兜《かぶと》を脱いでいたらしく稽古の時にも決して叱らなかった。
 のみならず同氏が地謡に座って謡いながら翁の前で行燈袴《あんどんばかま》をまくって、毛ムクジャラな尻から太股まで丸出しにして痒《かゆ》い処をバリバリと掻きまわるような事があっても翁は見ないふりをしていた。
 こんな人物は多分翁の苦手であったろう。いつも翁の事を「爺が爺が」と呼棄てにしていたので、皆「吉本のキチガイ」と云っていた。実に愛すべき豪傑であった。(柴藤、宇佐両氏談)

          ◇

 モウ一人只圓翁の苦手が居た。これは本人が現存しているから特に姓名を遠慮するが、この人もかなりの無器用で、同
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