したので結局、翁の命令でその笑った四五人の中老人ばかりが、床几に腰をかけている筆者の前にズラリと両手を支えてあやまった。
「ただ今は存じがけもない御無礼を仕りまして……今後、決して致しませぬけに、何卒御勘弁を……」
筆者は弱った。どうしていいかわからないまま固くなって翁の顔を見た。翁はまだ眉を逆立てたまま向うから睨み付けていた。
◇
こんな風だったから翁が恐れられていた事は非常なものであった。実に秋霜烈日の如き威光であった。
能の進行中、すこし気に入らぬ事があると楽屋に端座している翁は眼を据えて、唇を一文字に閉じた怖い顔になりながらムクムクと立上って、鏡の間に来る。幕の間から顔を出して舞台を睨むと、不思議なもので誰が気付くともなく舞台が見る見る緊張して来る。
翁が物見窓から舞台を覗いている時は、機嫌のいい時である事がその顔色で推量されたが、それでも何となく舞台が引緊まって来た。囃子方の声や拍子が真剣になり、地謡に張りが附き、シテが固くなってヒョロヒョロしたから妙であった。実に霊験アラタカといおうか現金と形容しようか。子供心にも馬鹿馬鹿しい位であった。
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