る時翁にこの事を訴えたら、
「うむ。あれは灌園(祖父)が教えるけに、ああなるのじゃ」
 と不興げに答えたという。(宇佐元緒氏談)

          ◇

 誰であったか名前は忘れたが、「松風」の能のお稽古が願いたいと申出た事があった。翁は知らん顔をして、
「おお。稽古してやらん事もないが。先ず謡を謡うてみなさい」
 という訳で初同を謡わせられた。本人ここぞと神妙に謡ったが翁は聞き終ると、
「それ見なさい。謡さえマンゾクに謡いきらんで舞おうなぞとは以ての外……」
 とキメ付けられたので、本人はどこが悪いのかわからないまま一縮みになって引退った。(柴藤精蔵氏談)

          ◇

 梅津朔造氏の歿後は斎田惟成氏が門下を牛耳っていたが、或る時門弟を代表して翁の前に出て、
「皆今度のお能に『松風』を出して頂きたいと申しておりますが……」
 と恐る恐る伺いを立てたところ、翁は言下に頭を振った。
「まあだ『松風』はいかん。『花筐《はながたみ》』にしておきなさい」(宇佐元緒氏談)

          ◇

 当時四国で一番と呼ばれた喜多流の謡曲家池内信嘉氏が或る時、わざわざ只圓翁を尋
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