その身体《からだ》の軽い事。まるで木の葉のようにヒラヒラと身を翻《ひるが》えす。赤いお盆がそれこそサーチライトのようにギラリギラリと輝きまわり屈折しまわる。おしまいに三尺ばかり飛上って座った翁の膝の下から起った音響の猛烈だったこと、板張が砕けたかと思った。
「この通り……ようと(充分の意)稽古しておきなさい」
 と窘《たしな》めておいて、翁は筆者を振返った。
「さあ。今度はアンタじゃ。『敦盛』じゃったのう」
「ハイ」
 と答えたまま筆者は後見座に釘付になって立上れなかった事を記憶している。あんまり固くなって足がシビレていたのだ。

          ◇

 翁の皮肉も亦《また》、尋常でなかった。何やらの地謡の申合わせの時に、翁の居間の机の前に六七人並んで謡《うたい》合わせながら翁に聴いてもらっていた。
 その中の某氏(名前は預かる)が謡の文句をつないでいなかったらしく、小さな声で地頭の謡にくっ付いて行った。
 それを聞き咎《とが》めた翁はアシライの手をピタリと止めて、皆の顔を覗き込むように見まわした。
「誰かいな。誰か一人小さい声で謡い居るが、聞き苦しゅうてたまらん。誰かいな」
 と
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