名所恋 (九十四歳時代)
しのひねの泪の波のかゝるか那
つかしき妙の袖のみなとに
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◇
茶の湯とか俳諧とかいう趣味は翁にはなかったように思う。ところが最近知人武田信次郎氏から、高川邦子女史の茶室で茶杓《ちゃしゃく》を取った翁の態度に寸分の隙もなかったので、座中皆感じ入ったという通信があった。筆者は聊《いささ》か意外に思って、事の詳細を今一度同氏に問合わせたところ折返して左の通返事が来たから、無躾《ぶしつけ》ながらここに抜き書さしてもらう事にした。(原文のまま)
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「高川邦子女史は高川勝太夫と申す士分の息女にて令妹藤子女史と共に幼稚園小学校等の教師を勤め姉妹ながら孝行の由聞之候。東瀛《とうえい》禅師に参禅し南坊流の茶道を究め南坊録を全写し大乗寺山内の居に茶室を営まれ候。(中略)同庵の茶室の炉縁《ろぶち》は奥州征討の際若松城下よりの分捕として有名なりしが、今は其の茶室の跡もなく炉縁も何処へ伝はり候や不明、姉妹共故人となられ其後の事存じ申さず候。只圓翁の茶事に疎《うと》か
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