コヒキ(褌引き……臆病者の意)じゃけに雷神《かみなり》様が嫌いでなあ。毎年頼まれて短冊とカエキ(交易)しますとたい」
やっと理窟がわかった筆者はホッとしながら、小学校の帽子を脱いでお辞儀しいしい帰途に就いた。何だか梅津の先生が非常に損な交易をして御座るような気がして、この婆さんが横着な怪しからぬ婆《ばばあ》に見えて仕様がなかった。後から聞くとこの婆さんは只圓翁よりも高齢であったという。上には上が在ると思ったが、しかし、どうした因縁で翁と識合いになったかは今以てわからない。
その時の事を思い出すと百年も昔のような気がする。
◇
翁は滅多に外へ出かけない癖に天気の事を始終気にする人であった。それは能を催したり、網打ちに行ったり、歌を詠《よ》んだりするために自然と、そんな習慣が出来たのかも知れないが、そればかりでもなかったように思う。
舞台上の翁を見た人は翁を全面的に、傲岸《ごうがん》不屈な一本槍の頑固親爺と思ったかも知れぬが、それは大変な誤解であった。勿論能楽の事に関しては一流の定見を持っていて一切を断定的にドシドシ事を運んだが、しかし日常の事に関しては非常
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