、直ぐにその隣りの肉類の市場に暴れ込んで、鳥か獣《けもの》のブラ下がったのを片端《かたっぱし》から引き落して駈け抜けると、今度はその次の反物市場に躍り込み、絹や木綿を引き散らして窓や轅《ながえ》や方々に引っかけ、穀物の市場では米麦や穀類を滝のように浴び、瀬戸物市場では小鉢を滅茶滅茶に打ち壊《こ》わし、花市場の花を蹴散らし、魚市場の魚《うお》を跳ね飛ばして散々に暴れ散らした揚句《あげく》、今度は南の国へ通う広い往来を駈け下りました。
その間幾人の人間を轢《ひ》きたおし、いくらの品物を打ち壊したかわかりませぬ。それでも狂うが上にも狂うた「瞬」の馬車はどうしても止まりませぬ。なおも足を宙に揚げて、死んでも止《とど》まらぬ勢いでどこまでもどこまでもと走りました。
すると丁度晩方頃「瞬」の馬車が走って行く向うから、顔や身体《からだ》を襤褸《ぼろ》切れですっかり包んで眼ばかり出した香潮《かしお》が、白髪小僧の手を引いてやって来ました。雷のような音を立てて来る「瞬」の馬車を見て、慌てて白髪小僧を片傍《かたわき》へ引っぱって避けさせようとしましたが、彼《か》の時早くこの時遅く、大風のように近附いた「瞬」の馬車は白髪小僧の背中を掠《かす》めて、背負っていた月琴を梶棒に引っかけたままドンドン走って行って、あれよあれよという中《うち》に見えなくなってしまいました。
底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「杉山萠圓《すぎやまほうえん》」です。
入力:柴田卓治
校正:江村秀之
2000年2月5日公開
2006年5月3日修正
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