卒《どうぞ》あなたの身の上話を聞かして下さいな」
「何も話す事はありませぬ。只《ただ》三万日の間つまらなく長く生きていたばかりで御座います」
「まあ三万日……八十年ですわね。でもその間に何か珍しい事があったでしょう」
「アア。そうそうたった二ツありましたよ」
「それはどんな事ですか?」
「一ツは生れてはじめてお話気違いというものを見た事で御座います」
「オヤ。いつ、どこで?」
「今、ここで」
「マア。ではも一ツは?」
「十円の金貨というものをこの手に生れて初めて握った事で御座います。ほんとに有り難う御座いました。さようなら」
 と云いながら袖をふり払ってどこかへ行ってしまった。
 こんな風に遇《あ》う者も遇う者も皆姫を気違いか馬鹿扱いにして、散々|嘲弄《からか》ってはお銭《あし》を持って行ってしまったから、一時間と経たぬうちに姫の財布はすっかり空っぽになってしまった。その中《うち》でも非道《ひど》い奴はお金も何も取らない代りに――
「俺は今忙がしいんだ。そんな馬鹿の相手になってはいられない」
 と剣突《けんつく》を喰《くら》わして行ったものもあった。
 姫はもうすっかり気を落してしまっ
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