。けれどもその面白い出来事の根本《もと》になるその妃の素性がはっきりわからないではつまらないではないか。折角、今この世に王となって現われて面白い事を見聞きしながら、その事の起りがわからないというのは何にしても残念な事だ。折角の面白い事も楽しみが半分になってしまうであろう。これ、赤鸚鵡。どうかしてその妃の素性だけを知る事は出来ないか。美留藻か美紅かどちらかという事がわかる工夫はないか」
「はい。それは当り前から申しますれば到底出来る事では御座いませぬが、只一ツここに私が世にも不思議な魔法を心得ておりまする。
その魔法を使う事を御許し下されますれば、王様がこの世を御去り遊ばして後《のち》の事までもはっきりとおわかりになる事が出来るので御座います。そうすれば王様のお妃が美留藻か美紅かという事もやがておわかりになる事と思います」
「何《なに》、俺達がこの世を去っても。それは可笑《おか》しい話ではないか。俺達がこの世を去れば又|旧《もと》の森に帰ってこの眼を閉じ、この耳を塞《ふさ》いで、この鼻から呼吸《いき》を為《せ》ずにしっかりと口を閉じて、じっと焚火《たきび》にあたっていなければならぬではないか。何も見る事も聞く事も出来ないではないか」
「イエイエ。それが出来るので御座います。私もまたこの世では殺されながら、この世の事を詳《くわ》しく見たり聞いたりして王様に御伝え申し上げる事が出来るので御座います」
「何だ。それではお前も俺達も生きているのと同じ事ではないか」
「はい。死にながら生きているので御座います」
「フム。それは不思議な魔法だ。してその魔法というのはどんな事を為《す》るのだ」
「私が今から行く末の事をすっかり考えてお話し致すので御座います。皆様が眼を瞑《つむ》ってそのお話しを聞いておいで遊ばせば、本当に御自分がその場においでになってその事を見たり聞いたりしておいで遊ばすのと同じ事で御座います」
これを聞くと四人は手を拍《う》って感心を為《し》た――
「成る程、それは巧い法だ。お前がたった今の事からずっと後《あと》の事まで考えて、それをすっかりここで話す。それを俺達が聞いていれば、どんな恐ろしい危い事でも安心して面白がっておられる。そんな危なっかしい妃を迎えて生命《いのち》を堕《おと》すような事があっても、根がお話しだからちっとも差し支えはない。その後《のち》の後《のち》の事までもすっかりわかる。妃の素性もわかるに違いない。成程、返す返すもよい工夫だ。では今から直ぐに話してくれ。四人一所に聞いていようから」
「一体これからどんな事が始まるのか」
「嬉しい事か。悲しい事か」
「楽しい事か。恐ろしい事か」
「早くその魔法を使ってくれ」
「待ち遠しくて堪らない」
と四人は口を揃えて頼んだ。
けれども赤鸚鵡は暫くは話しを初めなかった。じっと耳を澄まし眼を光らし、遠くの後《のち》の事を考えている様子であったが、やがて羽根づくろいをして静かに奇妙な声で話を初めた。
[#改ページ]
第二篇 水底の鏡
九 湖の秘密
この藍丸国は四つの国にわかれておりまして、東の方を日見足国《ひみたるこく》といい、西の国を夜見足国《よみたるこく》といい、北を加美足国《かみたるこく》といい、南の方を宇美足国《うみたるこく》といって、それぞれその国の名を名前にした王様が治めているので御座いますが、藍丸王はその四人の王の上の王様で、四ツの国を合わせて一つの藍丸国と称えているので御座いました。
又藍丸国の北と西は、涯《はて》しない沙原《さばく》で囲まれていて、南と東側はどこまでも続いた海になっていますが、中にも南の宇美足国には湖や河が沢山あって、商売の盛んな処で御座います。その湖のうちで一番広い、多留美という湖の傍《かたわら》に住んでいる漁師で、名を藻取《もとり》という爺さんがおりました。お神さんと小供二人を早く亡くして、今では末の一人娘の美留藻《みるも》というのが大きくなるのを、何よりの楽しみにして仕事に精を出していましたが、美留藻は実《まこと》に美しい娘で、その上に村一番の水潜りの名人だと近郷近在の評判になっておりました。そうして誰がその婿《むこ》になるだろうと、方々で種々《いろいろ》噂をしていましたが、やがて美留藻が年頃になると、その噂は一ツになって、隣り村の宇潮《うしお》という漁師の二番目の息子で、これは水潜りも上手だが、取りわけて横笛が名人で、お母さんの身体《からだ》の中から鉄の横笛を握って生れて来たという評判の、香潮《かしお》という若者が、一番似合った婿であろうという事に定《き》まりました。
この噂はすぐに本当になりました。両方の間に或る世話好きの男が這入りまして、相談をしますと、両方の両親も、本人同志も喜んで、承知を
前へ
次へ
全56ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング