、口々に藍丸王様藍丸王様と叫びながら暗い山の中を駈け出すと、その中《うち》に南の方の立木の間から、真赤に光る松明《たいまつ》が見えて来た。
 ところが不思議や四十人の騎馬武者が乗っている馬は、この光りをチラリと見るや否や一度に立ち竦んで一歩も前へ進まなくなった。打っても叩《たた》いても動かない。蹴っても煽《あお》ってもどうしても、石のように固くなっている。
 皆は驚き慌てて、これはどうした事と騒ぎ立てたが、中にも紅矢は吃驚《びっくり》して――
「皆の者、気を付けよ。あの光りは怪しい光りだぞ。事に依《よ》ると魔者かも知れぬぞ。皆馬から降りて終え。弓を持っている者は矢を番《つが》えよ。剣を持っている者は鞘《さや》を払え。あれあれ。だんだん近付いて来る。皆紅矢に従《つ》いて来い。相図をしたらば一時に矢を放して斬りかかれ」
 と叫んだ。声に応じて四十人の武者《さむらい》は、一度に馬から飛び降りて、二十人は弓を満月のように引き絞り、あとの二十人は剣を構えて眼の前に近付いて来た光る者にあわや打ちかかろうとした。ところがこの時遅く彼《か》の時早く、紅矢は又もや一声高く――
「待て。粗相するな。王様だぞ」
 と叫んだ。それと一所に、向うから来る者は赤い鳥を左の拳《こぶし》に据えて馬の上でニコニコ笑いながら帰って来る藍丸王だという事がわかって、兵隊共は皆一度に矢を外し剣を納めて、地面《じべた》の上にひれ伏した。中にも紅矢はホッと一息安心すると一所に、今までと打って変った鸚鵡の眼の光りに驚いて、どういう訳かと怪しんだ。
 その時に王は皆の前に馬を停《とど》めて、左の拳を高く差し上げながら――
「皆の者。よく見よ。これが今まで探していた赤鸚鵡という鳥だぞ。今までこの山の神様の使わしめで有ったのだぞ。自分は今まで彼《か》の谷底の杉の森に行って神様にお目にかかって、この鳥がいろいろの不思議な役に立つ事を教えてもらっていたのだ。皆の者、よく見ておけ」
 と云いながら鸚鵡に向って――
「ウウウウ。月が出たぞ」
 と云い聞かせると忽ち今までの赤い眩《まば》ゆい光りが消え失せて、四方が真暗になった。その代り東の方の林の間には、黄色い大きなお月様が、まんまるくさし昇っていた。
 皆の者は夢に夢見る心地がして、互にその不思議な術を驚き合いながら、この時やっと動くようになった馬に乗って、王の後《うしろ》に従って、月の光りを便りに王宮へ帰って行った。

     八 象牙《ぞうげ》の机

 贋《に》せ藍丸王は狩場から宮中へ帰って、晩の御飯を済ますと直ぐに、家来に云い付けて、自分の室《へや》に新しい椅子を四ツ運ばせて、象牙の机の周囲《まわり》に並べさせた。それからお傍の者を遠ざけて自分独りになると、入り口の扉を固く閉めて、閂《かんぬき》を入れて、真暗になった中で一声高く――
「鸚鵡。鸚鵡。赤鸚鵡」
 と叫んだ。
 その声の終るか終らぬに、忽ち室《へや》の隅から真赤な光りが輝き出して、赤鸚鵡はさも嬉しそうに羽ばたきをしながら、室《へや》の真中の机の上に来たが、その眼の光りで室《へや》の中を見るとこは如何《いか》に……。今までこの室《へや》には藍丸王唯一人しか居なかった筈なのに、今見ると最前の森の中に居た四人の化け物――爺《じじ》と、女と、赤ん坊《ぼ》とクリクリ坊主とが、四ツの椅子に向い合って、ちゃんと腰を掛けていた。
 その中でお爺さんが真先に皺枯《しゃが》れ声で口を利いた――
「どうだ、赤鸚鵡、嬉しいか。嬉しいか。いよいよこの国は俺達《おらたち》のものになった。これから何でも見たい、聞きたい、話したい、嗅ぎたい放題だ。ところでこれからどうすれば、この国に大騒動を起させて、珍しい事や面白い事に出会《でっくわ》す事が出来るか。赤鸚鵡よ、考えてくれ。お前は今の事ばかりでなく、行く末の事までも少しも間違わずに考える事が出来るのだから。先ず俺は石神の耳から現われたのだから、何でもかんでも聞くのが役目だ。何卒《どうか》面白い話を沢山聞かせてくれい」
 と云った。するとその横に座っていた青い瘠せ女は直ぐにその言葉を打ち消した――
「イヤ。妾《わたし》は石神の眼から生れたもので、何でもかでも見るのが役目です。何卒《どうぞ》早く面白いものが見たい。赤鸚鵡よ、早く面白い珍らしいものを見せておくれ」
 瘠せ女がこう云い切ってしまわぬうちに、今度は向側《むかいがわ》に居た、赤膨れの赤ん坊《ぼ》が甲走った声で――
「否《いや》だ。否《いや》だ。イケナイイケナイ。私から先だ私から先だ。私は美《い》い香気《におい》が嗅《か》ぎたい。花だの香木だのの芳香《におい》が嗅ぎたい。早く早く」
 と叫んだ。すると直ぐ横に居たクリクリ坊主も負けていず、頓狂《とんきょう》な声で――
「ドッコイ待った。俺が先だ。石
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